宮川俊二さん(フリーアナウンサー) オンリーワンの味楽しむ

宮川俊二さん

 実家は愛媛県宇和島のかんきつ農家でした。父親はとても研究熱心で、自分でミカンの品種改良もやっていました。標高が高くなると気温が低くなる点を利用して、山の上の方で桃や梨も植えていました。
 

父はミカン農家


 家の周りはブドウ園で、自家用に栽培していました。父はブドウを一升瓶に詰め、水を加えて、発酵させて飲んでいました。私も発酵前の渋いジュースを飲んでいました。

 うちは7人きょうだいです。亡くなった兄は東大の農学部を出て、長野県の試験場で「ふじ」などリンゴの育種に携わりました。

 今から50年も前の話です。兄によれば、ミカンは暖かい所ならどこでも作れるので産地の優位性が出しにくい。それに対してリンゴは、寒い地域でしかできなくて適地も限られるので、これからも有望だと言っていました。

 あとは姉が5人いました。一番下が私です。両親は土地や山を切り売りしつつ、私たち全員、大学を出させてくれたんです。

 研究熱心な父の作るミカンは、酸味と甘味のバランスが絶妙で、他のミカンとは深みが違いました。街の果物屋さんも「宮川さんのはいい」と言ってくれていました。でも誰も家業を継がなかったので、父は最終的には自宅の周り1・5ヘクタールくらいの畑でミカンを栽培し、80歳で亡くなりました。

 東京の大学に入り、就職して、自然と農業から退いていった私ですが、子どもができてからは、父は何を考えて農業をやっていたのだろうと考えるようになり、何か農家の役に立てないかという気持ちが強くなってきました。

 私は大学で教壇に立ち「他の誰にもない自分だけのもの」を大事にしろと言い続けてきました。では、取材や食べ歩きを通じて多くの生産者やシェフとつながりがあり、情報発信力もある私だからこそ、できることは何か?
 

生消の懸け橋に


 徳島県の湯浅さんという方が、とても小さなシイタケを持って来てくれました。剣山の標高600メートルほどの高地で採集した菌を培養したもので、作っているのは湯浅さんだけ。まさに「他の誰にもない自分だけのもの」ですよね。うま味が凝縮されているのに、あまりシイタケ臭くないんです。そこで洋食にも合うんじゃないかと思い、恵比寿「ジョエル・ロブション」の渡辺雄一郎シェフのところに持って行きました。渡辺さんもとても気に入り、シャンパンのイベントの時に湯浅さんのシイタケを使った料理を提供したんです。私はその様子をブログで伝えました。すると他のシェフたちも「渡辺さんが使っているのなら」と興味を持ってくれたんです。

 これだ! 以来、生産者とシェフや消費者をつなぐことで、農業の手伝いをするようになりました。シェフは気になる食材があれば、生産現場を訪ねて質問を繰り返しますし、消費者の嗜好(しこう)を教えてくれます。おかげで農家の方も、モチベーションが上がるわけです。

 昔、父は酒を飲みながら、「俺がこんなに頑張って作っても、あんまり熱心じゃない人のミカンと一緒にされてしまうんだよな」とブツブツ言ってました。

 たしかに当時の生産者は作るだけで、その先のことは分からないままでした。でも今なら、消費者とつながることができます。各地の農家の皆さんが作る「他の誰にもない自分だけのもの」を楽しみに食べたいと思っています。(聞き手=菊地武顕)

 みやがわ・しゅんじ 1947年、愛媛県生まれ。70年にNHKに入局。93年に退職後、ベトナムで日本語講師として活動。帰国後はフジテレビ「ニュースJAPAN」などさまざまなニュース番組でキャスターを務める。2008年から早稲田大学非常勤講師を務めた。ワインに造詣が深く、名誉ソムリエの称号も持つ。
 

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