新品種の自家増殖 海外流出規制と分離を
2019年11月13日
農作物優良品種の海外流出防止策を巡る農水省の検討がヤマ場を迎えている。輸出の障害になったり逆輸入されたりする事態を防ぐ対策が急ぎ必要だ。一方で同省は、育成者権の強化策として登録品種の自家増殖への許諾制の導入を提起。農家の伝統的権利を制限することになり、切り離して熟議すべきだ。
新品種の開発には時間と費用がかかる。ブドウ「シャインマスカット」は18年費やした。育成者の権利を守るために品種登録制度がある。新品種と認められれば永年作物で30年間、他の作物で25年間、種苗の生産や輸出、収穫物の生産・販売、加工品の利用などを占有できる。
しかし韓国では、日本から無断で持ち出されたイチゴ「章姫」「レッドパール」などで新品種を作りアジアに輸出している。「シャインマスカット」も中国で生産が拡大し輸出も増えてきた。インゲン「雪手亡」では逆輸入が北海道の農家を苦しめた。
問題は、日本の品種登録制度の効力が海外には及ばないことだ。現行の種苗法では、植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV)加盟国への種苗の持ち出しを規制できない。無断栽培を止めるには、それを使いそうな国と消費地となりそうな国の両方で種苗登録が必要だ。
大規模な貿易協定が相次ぎ、輸入増大への農家の不安は高まっている。一方で政府は輸出を推進。国内の新品種が海外で生産され、農家の首を絞めることがないよう抜本対策が必要だ。
新品種を知的財産として守るため同省は検討会を設け、対策を論議。育成者が栽培を国内に限定する考えの場合、海外への持ち出しを規制することを提起した。海外で品種登録をするためのマニュアルの整備や経費の助成、権利侵害を発見したときの対応強化なども求められる。
加えて、農家の自家増殖について同省は、自家採種や挿し木、高接ぎなどで増殖する場合は育成者の許諾を必要とする案を示した。自家増殖は伝統的な農家の権利として認められ、登録品種でも、研究目的と同様に育成者権の範囲外とされてきた。遺伝資源は農家が連綿と守ってきた公共財で、一度途絶えるとなくなってしまうからだ。国際ルールのUPOVも、慣行として自家増殖が定着していれば例外にすると認めている。
同省は自家増殖を制限する作物を拡大。2016年の82種から19年には387種になった。過度な権利保護は、資金が豊富な企業の種子独占を招きかねない。種苗代などのコスト増大が農家の経営を圧迫し、新品種を基にした育種の意欲もそぐ。問題の背景には、自家増殖し他者に譲ってしまう農家の存在もある。育成者権の意味や権利意識を浸透させなくてはならない。
同省の検討会は次回15日、論議をとりまとめる。海外流出防止はスピードが重要だ。だが自家増殖規制の議論は不十分で、種苗業界と農家の溝は深い。検討をもっと深める必要がある。
新品種の開発には時間と費用がかかる。ブドウ「シャインマスカット」は18年費やした。育成者の権利を守るために品種登録制度がある。新品種と認められれば永年作物で30年間、他の作物で25年間、種苗の生産や輸出、収穫物の生産・販売、加工品の利用などを占有できる。
しかし韓国では、日本から無断で持ち出されたイチゴ「章姫」「レッドパール」などで新品種を作りアジアに輸出している。「シャインマスカット」も中国で生産が拡大し輸出も増えてきた。インゲン「雪手亡」では逆輸入が北海道の農家を苦しめた。
問題は、日本の品種登録制度の効力が海外には及ばないことだ。現行の種苗法では、植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV)加盟国への種苗の持ち出しを規制できない。無断栽培を止めるには、それを使いそうな国と消費地となりそうな国の両方で種苗登録が必要だ。
大規模な貿易協定が相次ぎ、輸入増大への農家の不安は高まっている。一方で政府は輸出を推進。国内の新品種が海外で生産され、農家の首を絞めることがないよう抜本対策が必要だ。
新品種を知的財産として守るため同省は検討会を設け、対策を論議。育成者が栽培を国内に限定する考えの場合、海外への持ち出しを規制することを提起した。海外で品種登録をするためのマニュアルの整備や経費の助成、権利侵害を発見したときの対応強化なども求められる。
加えて、農家の自家増殖について同省は、自家採種や挿し木、高接ぎなどで増殖する場合は育成者の許諾を必要とする案を示した。自家増殖は伝統的な農家の権利として認められ、登録品種でも、研究目的と同様に育成者権の範囲外とされてきた。遺伝資源は農家が連綿と守ってきた公共財で、一度途絶えるとなくなってしまうからだ。国際ルールのUPOVも、慣行として自家増殖が定着していれば例外にすると認めている。
同省は自家増殖を制限する作物を拡大。2016年の82種から19年には387種になった。過度な権利保護は、資金が豊富な企業の種子独占を招きかねない。種苗代などのコスト増大が農家の経営を圧迫し、新品種を基にした育種の意欲もそぐ。問題の背景には、自家増殖し他者に譲ってしまう農家の存在もある。育成者権の意味や権利意識を浸透させなくてはならない。
同省の検討会は次回15日、論議をとりまとめる。海外流出防止はスピードが重要だ。だが自家増殖規制の議論は不十分で、種苗業界と農家の溝は深い。検討をもっと深める必要がある。
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機能性に魅力 実需が国産要望 もち麦1年で3・5倍
もち性大麦の2019年産生産量が8000トンを超え、前年産に比べ3・5倍と急増した。健康食品としての認知度が高く、国産志向もあり市場が拡大。機能性成分が多く、各地の気候に適した新品種の導入が進み、実需の要望で産地が形成されつつある。急増してもなお需要が供給を上回っている状況で、国産の増産への期待が高まっている。
19年8000トン超 需要伸び品種充実 産地追い風
農水省がまとめた大麦の農産物検査結果(10月末時点)によると、もち麦の検査数量は8581トン、18年産実績を6000トン上回った。
県別で最も多いのは福井県の2357トン。機能性成分が多い新品種「はねうまもち」を導入し、約800ヘクタールを作付けた。4JAが取り組み、大手精麦メーカーに仕向ける。「メーカーの強い要望に応じ、従来の大麦品種を転換した」とJA福井県経済連。交雑や異品種の混入を防ぐため、産地を限定する。
次いで増やしたのが福岡県。九州が栽培適地の「くすもち二条」を前年の4倍、1243トン生産する。うち、JA全農ふくれんは県内の精麦メーカーの求めで試験的に約70ヘクタール栽培した。20年産はこれを上回る注文があるが、「他の麦類の要望もあり、そうは広げられない」(全農ふくれん)と悩ましい現実もある。
宮城県はもち麦「ホワイトファイバー」を前年の11トンから764トンに拡大。実需の関心が高く、県は種子の生産体制を整え一般栽培に踏み切った。今後も増やす計画だ。
もち麦の普及は、県が奨励品種にして、産地品種銘柄として流通させることが欠かせない。産地品種銘柄の採用は、この3年間で6県から18道県に拡大した。大半が、健康機能性が多い品種への転換だ。ビール麦産地の栃木県は、ビール麦から県育成品種「もち絹香」に替えた。「健康志向で今後の需要が見込まれるため」(生産振興課)だ。
もち麦品種は、3年前の5品種から8品種に増えた。国内最大面積となった「はねうまもち」は農研機構が開発、17年に品種登録を出願した。寒冷地向きで、新潟県、北海道でも展開中。暖地向けは「くすもち二条」「ダイシモチ」がある。各地の気候に適した品種開発も、産地化を後押ししている。
農林水産政策研究所企画広報室の吉田行郷室長は「需要に対応するには産地がまとまって品種を統一したり、十分な生産量を確保したりする必要がある」と指摘する。
もち麦は食物繊維の一種、βグルカンを豊富に含む。腸内環境改善や血中コレステロール低減に効果があるとされる。国内流通量に占める国産の割合は1割に満たない。
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2019年12月08日
今年は俳聖・松尾芭蕉がみちのく・東北へ旅立ってから330年
今年は俳聖・松尾芭蕉がみちのく・東北へ旅立ってから330年。紀行文『おくのほそ道』で珠玉の句を残す▼東京の出光美術館で開かれた特別展「奥の細道330年 芭蕉」を見て驚いた。最晩年に旅の情景を描いた「旅路の画巻」の公開は実に四半世紀ぶり。細く連なるリズミカルな文字は繊細な感性を裏付ける。当初の俳号・桃青(とうせい)の名もある。句に添えた絵は「蕉門十哲(しょうもんじってつ)」の一人、森川許六(きょりく)による。近江・彦根藩士で絵師、俳人、やり使いの名人でもあった▼『ほそ道』を軸に、数百年前後して日本の文学史に残る詩歌が残った。芭蕉は漂泊の歌人・西行500回忌に、歌枕の追体験に旅立つ。明治には短歌革新の正岡子規も同じ行路をたどり多くの名句を詠む▼謎多き人である。門下には武士も多い。旅に同行した弟子の河合曾良(そら)は幕府の巡見、情報収集役。大勢力を持つ伊達・仙台藩の動向を探る役割も担う。公称60万石だが実際は200万石近く。藩領内に入ると緊張が走る。〈夏草や兵 (つわもの) どもが〉など名句を残すが、身の危険を感じていたのか実際の滞在はわずか。『影の日本史にせまる』(嵐山光三郎、磯田道史著)に学ぶ▼600里の長旅から〈不易流行〉の境地に。絶え間ない変化は、“未知の細道”みちのくの情感がもたらしたのか。
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2019年12月11日

Kura Gelate(クラ ジェラート) 宮城県大崎市
日本酒「宮寒梅」の醸造元である宮城県大崎市古川の合名会社、寒梅酒造が販売するオリジナルアイス。味は「古川いちごジェラート」「大吟醸酒粕(さけかす)ジェラート」「大吟醸酒粕&古川いちごジェラート」の3種類。同酒造の酒粕とJA古川いちご部会が生産した「古川いちご」を使用する。
商品開発をした同酒造の岩崎真奈さんは「古川にもおいしいイチゴがあることを知ってもらい、大人だけでなく、子どもにも喜んでもらえればうれしい」と話す。
1個(90ミリリットル)350円(税別)。同酒造で販売。全国発送もしている。問い合わせは合名会社寒梅酒造、(電)0229(26)2037。
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2019年12月10日

ビワ大産地 台風15号3カ月 復旧「素人には無理」 倒木、落石、通行止めもまだ… 千葉県南房総市
台風15号の被災から9日で3カ月。全国屈指のビワ産地、千葉県南房総市では農道や園地を覆った倒木、落石が片付けられず復旧が思うように進んでいない。急斜面の園地も多く撤去には危険が伴うため「素人には不可能だ」と話す農家もいて、行政などの支援を強く求めている。(関山大樹)
行政支援を切望
千葉県は、産出額8億円(2017年度)を誇る全国2位のビワ産地。だが9月の台風15号の強風で、木が倒れるなどの被害が出た。県によると、20年の見込み被害額は5億9000万円に及ぶ。
同市の沿岸部にある南無谷地区は、地域の山の多くがビワ山だという。「園地を見ると心が折れる」。ビワ農家の木村庸一さん(58)が落ち込んだ表情で話す。60アールのビワ園は、来シーズン半分以上が収穫できなくなった。
山中にあるビワ園は曽祖父の代から守り、かつては皇室に献上するビワも生産した。ビワは花や幼果が寒さの影響を受けやすいため、冬に風が吹いて霜が降りにくく、寒さが滞らない山の急斜面で栽培される。
台風の強風で、山中のビワの半分以上が折れたり、根こそぎ倒れたりした。急斜面のため現在も、石や折れた木が落ちてくる可能性がある危険な状態だ。
木村さんは、チェーンソーで一部倒木の除去や倒れた木を元に戻すなど尽力したが、19、21号と続いた台風で、修復しても元に戻る“いたちごっこ”の状態が続いた。
険しいビワ山を通る農道も、50年ほど前から農家らが協力して作り、コンクリートで舗装し管理してきた。台風直後は、強風や大雨による倒木や落石で通れなくなり、今も山奥に行くにつれ倒木が手つかずの場所もあり、一部のビワ園は立ち入れない。
木村さんは「山中での作業なので撤去は危険が伴う。安易に除去できない木もあり、全ての倒木や落石の除去は素人には不可能だ」と訴え、倒木や落石の撤去などへの行政支援を訴える。
房州枇杷(びわ)組合連合会が、66人の組合員に行った台風被害調査によると、被害額は10月末時点で1億648万円、来年の売り上げは3億円減少する見込みとなった。連合会によると、実際の被害金額はさらに多い見通しだ。
連合会会長で、南房総市のビワ農家、安藤正則さん(63)も園地半壊の被害を受けた。安藤さんは「このままの状況だと復興は1、2年じゃ到底終わらない」と危機感を募らせている。
ビワは苗木を植えてから収穫まで、5年ほどかかる。園地の再建について高齢農家ほど意欲に陰りがあるとし、「気持ちの面で立ち直れない人もいる。園内の倒木撤去や整理の他、所得補填(ほてん)などさらなる支援が必要だ」と要望する。
自身もビワ農家であるJA安房の笹子敏彦常務も「まだ山中に入れないビワ農家も少なくない。特に雨が降った後などは危険度が増す」と話し、復旧への道が険しいことを強調する。
15、19、21号 38都府県被害 農林水3900億円
農水省は6日までに、台風15号の農林水産関係の最新被害額が5日午後4時時点で815億円に上ると発表した。19・21号の被害額(3082億円、2日午後1時時点)と合わせると、総額3897億円に上る。
15、19、21号の被害は38都府県が報告。被害額は、2018年の西日本豪雨の被害額3409億円を超えた。
内訳は農地の損壊が2万6273カ所で被害額746億6000万円。用水路や農道といった農業用施設などが、2万4130カ所で被害額1226億4000万円。作物被害は3万6459ヘクタール、被害総額265億3000万円。農業用ハウスなどの被害は、2万9336件で被害額503億1000万円だった。同省によると、今後も被害額は増える見込み。
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2019年12月07日
街を歩けば、掲示板の何と多いことか
街を歩けば、掲示板の何と多いことか。標識、標語、宣伝。つい見てしまうのが、お寺の掲示板である▼近くの寺は、ほぼ毎月、更新する。「自分が変われば相手も変わっていく」「実践こそ現状を変える」。説教臭くもあるが、妙にしみる時もある。気になる存在だと思っていたら、なんと「輝け!お寺の掲示板大賞」なるものがあった▼仕掛け人は、仏教伝道協会の江田智昭さん。聞けば、昨年7月、お寺の掲示板の写真の投稿を呼び掛けたのが始まり。4カ月で約700作品が集まった。2018年の大賞は「おまえも死ぬぞ」。お釈迦(しゃか)様こと釈尊の教えだとされる。生と死の本質に迫り、インパクトは絶大。これで認知度が高まった▼掲示板の言葉は、仏の教えから人生訓、著名人の名言までさまざま。寺の個性がにじみ出る。「掲示板はお寺と一般の人の境目にあり、双方をつなぐ存在」と江田さん。今年は925作品が寄せられた。5日に発表された大賞は「衆生は不安よな。阿弥陀動きます」。松本人志さんの「後輩芸人たちは不安よな。松本動きます」をもじったもの。全ての生き物の身を案じた阿弥陀仏の教えを伝えた▼衝撃を受けたのは、大分の寺に掲げてあった一言。「ばれているぜ」。深くて怖い。官邸前に張り出したい。
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2019年12月06日
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JA事務効率化 デジタル化で職場改革
働き方改革が問われている。JAも企業と同様に、労働生産性と従業員満足度を高めていかなければ、経営の安定も意欲ある職員の確保も難しい。そのためにはまず、日常業務の効率化が必須だ。改善効果の高いロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)を活用し、働きがいのある職場づくりを進めたい。
JA職員の仕事実態を見ると、紙と電話とファクスへの依存度が高い。これに対し企業の世界では、情報通信技術(ICT)を使った業務のデジタル化が急ピッチで進む。インターネット交流サイト(SNS)での従業員間の打ち合わせやネット会議は当たり前。パソコン事務の自動化、顧客データの活用、人工知能(AI)による業務改善にも積極的だ。このままではJAの職場はさながら「旧人類化」することが心配される。
業務のデジタル化に向けてやるべき課題は多いが、取り組みやすいのはRPAを使った効率化である。高齢の組合員が多いため、JAの業務は手書きの注文書でのやり取りが一般的だ。それを職員がパソコンで購買システムにデータ入力するが、繁忙期ではその作業に忙殺されるといったことが起こる。
こうした事務作業を軽減するのがRPAだ。手書きの注文書をスキャナーで読み取り、光学式文字読み取り装置(OCR)でデータ化する。これだけでも人力頼みの入力作業を大幅に効率化できる。データを使ってのさまざまなパソコン事務は、PRAを使えば自動化できる。
RPAは元々、ホワイトカラーの仕事を効率化するためのシステムである。データ入力以外にも、データの加工処理、正誤照合といった仕事で威力を発揮する。高度なプログラミングはできないが、やり方が決まっている定型業務、繰り返しの業務といった分野に向いている。
数年前にメガバンクの事務部門で活用が始まり、一般の企業でも広く導入が進む。JAでの普及は遅れていたが、JA山口県下関統括本部が2018年に始め、資材の予約注文の入力時間を8割削減するといった活用実績を上げた。現在、営農指導や信用渉外力の強化、内部統制の効率化など、幅広い業務の改善を目指すプロジェクトが稼働している。
メリットは事務効率化だけではない、同本部は生産部会の会員一人一人にその人だけの営農指導書を作成し、数字に基づく経営相談を実施。会員から喜ばれている。RPAで資料作成のプログラムを組み、営農指導員に負荷をかけずに作ることができる。資料作りに費やす時間を現場での営農指導の仕事に振り向けられることは、本人の意欲向上にもなる。働き方改革にまでつながった事例といえる。
国産のRPAなら、導入費用はさほど高くはない。同本部には全国各地のJAから視察が相次いでいる。横展開による意欲の高い職場づくりを期待する。
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2019年12月12日
農村政策の再構築 農水省は司令塔役 担え
農山村を支援する研究者や実務家らでつくるNPO法人中山間地域フォーラムが、新たな食料・農業・農村基本計画への提言を農水省に提出した。農村の振興には生産面、生活面などの政策を総合的に推進する必要があるとして、同省に政府全体の司令塔となるよう提起した。その本気度が問われている。
提言は「総合的な農村政策の再構築を!」との名称だ。農村政策として農水省は、中山間地域直接支払いなどを実施。それらは、農業の多面的機能を発揮するために農地や水路、農道などを維持する資源管理政策になっていると分析した。しかし、中山間地域を中心に活動を担う農家や住民らが減少している。
そこで提言は、農業経営が成り立ち地域社会が持続してこそ同機能は発揮されると指摘。農村、特に中山間地域の今後の姿として①地域特性ごとに、どんな農業経営や農業と他の仕事との組み合わせで経営体として生き残れるか②移住者や農家以外の人と共に、地域経済と持続可能なコミュニティーをどうやって維持できるか――ビジョンを示すよう農水省に求めた。その上で、生きがいを持って仕事を続け、必要な所得を得て、安心して住み続けられるようにする総合的な政策の構想と体系化、府省の連携促進を訴えている。
農水省の「農村地域人口と農業集落の将来予測結果」によると、山間農業地域では2045年までの30年間に人口が半減し、過半が65歳以上の高齢者になる。また、約14万の農業集落のうち存続が危惧されるのが同年は約1万集落になり、9割近くを中山間地域が占める。
各府省が農村政策に取り組むが、施策が「バラバラに行われている」(提言)。生活サービスや地域活動の場を小学校区などを単位にまとめ暮らしを支える小さな拠点や、住民を中心に地域の課題解決に取り組む地域運営組織、過疎地などに都会から移住して地域活性化に携わる地域おこし協力隊など他府省の施策も、農業・農村振興の観点での再編成が必要だろう。
食料・農業・農村基本法は、「農村の総合的な振興」のために農業生産の基盤と生活環境の整備などを総合的に推進するよう国が必要な施策を講ずると定める。そして農水省設置法で総合的な政策の企画・立案・推進を同省の役割と規定。提言は、同省に「リーダーシップを発揮し、積極的な役割をはたすべき」とし、その姿勢を基本計画で明らかにするよう迫る。
農水省は、まず農村の実態把握と分析で政府内でのリーダーシップを取ると表明している。しかし農村振興は待ったなし。府省横断での政策立案や、現場での使い勝手をよくする仕組み作りまで踏み込むよう求める。
基本計画は閣議決定し政府全体の方針になる。今国会で農林水産物・食品輸出促進法が成立し、政府の司令塔組織を農水省に創設する。農村政策でもその役割を同計画に明記すべきだ。
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2019年12月11日
ヨーグルト減速 多様な効能 消費反転へ
乳酸菌などの機能性と健康効果が広く知られ、急成長を続けてきたヨーグルトの消費がこの2、3年減っている。機能性をうたう食品が数多く登場し、需要の一部が流れているためだ。酪農振興のためにも、業界ぐるみでヨーグルトの多様な効能をアピールし、消費の定着と拡大につなげるべきだ。
ヨーグルトの生産量は、この10年で1・4倍以上に拡大した。乳業メーカーの推計では、ピーク時の2016年の市場規模は4000億円を超えた。総務省の家計調査(2人以上世帯)でも同年までは右肩上がりで、年間支出額は1万3495円と09年より6割以上増えた。
急成長の最大の要因は、乳酸菌やビフィズス菌の機能性と健康効果が広く知られたことだ。手軽なドリンクタイプが増えて消費増を後押しした。だが、市場規模は17年から減少に転じ、17、18年はいずれも前年比2%減。家計調査でも18年の支出額は1万3203円となった。
なぜ消費が頭打ちになったのか。機能性や健康効果をうたう食品が増えたためだ。同じ乳製品でも高い栄養価を売りにチーズが消費を伸ばした。乳酸菌市場で消費者の選択の幅も広がった。非乳業の大手食品メーカーも乳酸菌に注目し、飲料や菓子など乳製品以外の売り場に乳酸菌入り商品が増えた。
ヨーグルト消費の後退を食い止め、再び伸ばすことは可能だろう。この間、業界ぐるみで「人の健康に有益に働く生きた微生物(=プロバイオティクス)」の役割を広く発信し、腸内環境を「善玉菌」で整えることや、「腸活」の考え方を定着させてきた。健康管理の新たな知識を消費者に浸透させたのは画期的であり、ヨーグルト消費の土台をつくった。
民間調査会社の富士経済は乳酸菌・ビフィズス菌含有食品市場とのくくりで市場規模をまとめた。ヨーグルト消費が減少しても右肩上がりで、16年度の7400億円から18年度は7800億円に増加。20年度には8000億円に達する有望市場と捉える。その中にはヨーグルト以外の食品も含まれるが、腸活につながる消費行動が今後も活発化する可能性を示している。
大手乳業メーカーのヨーグルトの新たな提案にも注目したい。ビフィズス菌の効果を訴えるため森永乳業は、製薬会社や、大腸で同菌の餌となる水溶性食物繊維の製造会社と共同で「大腸活」の情報発信を始めた。雪印メグミルクは、目や鼻のアレルギー反応を緩和する「乳酸菌ヘルベ」入りヨーグルトを来年1月に発売する。機能性タイプで市場をけん引してきた乳業最大手の明治は、低カロリーのヨーグルトに商機を見る。
原料は近年、脱脂粉乳から風味の良い脱脂濃縮乳に移りつつある。だがパンや飲料など他の食品にも使われ需要に供給が追い付かない。ヨーグルト市場を拡大し酪農振興につなげるには、生乳の増産対策が不可欠だ。
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2019年12月10日
規模拡大に限界感 家族農業 生かす政策を
担い手の規模拡大に限界感が見え始めている。生産基盤を維持していく上で憂慮すべき事態だ。担い手の規模拡大によって農地を守るシナリオを描いてきた農政の再検討が欠かせない。多様な担い手として家族農業の育成方向を明確にするとともに、実態にそぐわない農地集積目標なども見直しが必要だ。
食料・農業・農村基本計画の見直し論議で、家族農業や中小規模農家への支援強化を求める声が広がっている。JAグループは政策提案の中で、基幹的農業従事者や農業法人だけでなく、多様な農業経営が持続的に維持・発展できる政策を強く求めた。与党からも「家族農業、中小農家を支えることが重要」「地域を守る家族農業の将来像もしっかり示すべきだ」などの意見が相次ぐ。
家族農業の現状は、2019年は経営体数115万で、この5年間に2割近い28万以上が減った。恐ろしい減少スピードであるにもかかわらず、いまの農政の中で家族農業は位置付けを落としている。
05年の基本計画と併せて策定された「農業構造の展望」では、担い手になり得る効率的で安定的な家族経営を10年後までに33万~37万戸育てる青写真を描いていた。民主党政権時代の10年の構造展望では「家族農業経営の活性化」を柱として打ち立て、販売農家の減少にブレーキをかける考えを示した。しかし政策効果は表れず、15年の現行構造展望には家族農業の記述すらなくなった。
家族農業軽視は、いまの農政が産業政策に過度にシフトしたことによる。担い手育成の政策目標として、農地利用の集積率を10年間に5割から8割に引き上げることを掲げたが、これは従来の集積スピードを一気に1・5倍に引き上げるというもの。だが現実は、中間年に当たる18年は56%にとどまった。利用が低調な農地中間管理機構(農地集積バンク)をてこ入れする法改正はしたものの、実現はほぼ不可能といっていい。
もはや、集積目標自体が妥当か考え直す時だろう。「構造政策が進み過ぎ、畦畔(けいはん)管理などが担い手の負担になっている」「農地を頼まれても、これ以上は増やせない」といった声が既に上がっている。この状況で無理に集積を加速すれば、担い手は受け止め切れず農地の遊休化につながる恐れすらある。受け手のない農地があふれないよう、中小規模の農家の離農をできるだけ食い止めることが先決だ。
家族農業を重視する流れは、国連が定めた「家族農業の10年」とも通じる。グローバリゼーションが進み、飢餓撲滅や食料安全保障の確保といった国際的な目標の実現に不安が増してきたことを受けた動きである。食料自給率が37%にとどまる日本にとってこそ切実な問題だ。国民の食を守るためにも、国内の生産基盤を支えてきた家族農業の支援策が強く求められる。
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2019年12月08日
日米協定の宿題 不安除く責任 国会にも
日米貿易協定の元日発効が確実になった。大型自由貿易協定(メガFTA)によるかつてない自由化との闘いを農家は迫られている。臨時国会は9日が会期末だが、政府と国会が責任を果すのはこれからだ。通常国会が来月にも始まる。十分な国内対策をはじめ農家の不安払拭(ふっしょく)へ熟議を求める。
議論が深まらないまま国会は日米協定を承認した。審議時間が短過ぎた。その上、環太平洋連携協定(TPP)や日欧経済連携協定(EPA)も合わせた農林水産品の影響試算など、野党の資料請求に政府・与党は応じなかった。政府の答弁も踏み込み不足が目立った。所信表明演説で安倍晋三首相は「農家の皆さんの不安にもしっかり向き合う」と述べた。政府・国会ともに、不安払拭策は「継続審議」になったと認識すべきだ。
不安払拭はまず国内対策にかかっている。政府はTPP等関連政策大綱を改定し、大小問わず意欲的な農家を支援する方針を示した。対策費3250億円を盛り込んだ今年度補正予算案も決めた。予算規模を含め、同演説で首相が約束した「生産基盤の強化など十分な対策」になっているか。その検証は、日米協定を承認した国会の責務だ。
日米協定とTPPを合わせた農林水産物の生産減少額を政府は最大2000億円と試算。国内対策で農業所得と生産量が減らないことが前提だ。なら、対策は最低でも所得などを維持できる内容でなければならない。そうなる理由の説明責任もある。
国内対策には食料自給率向上の観点も必要だ。45%の目標を盛り込んだ食料・農業・農村基本計画は閣議決定しており、目標達成に必要な生産基盤の確保は政府の責務である。来年度当初予算案を含めて検討が必要だ。来年3月の閣議決定を予定している新たな基本計画も、メガFTA時代に、日本の農業・農村の持続的発展をどのようにして確保し、自給率を向上させるかが問われる。
国内対策が十分かを検証するには適正な影響試算が必要だ。政府は野党が要求した資料を作り示すべきだ。対策を前提に試算をするのは逆立ちした論理である。国の財政は厳しい。生産がこれだけ減るから、それを防ぎ、さらに自給率を引き上げるにはこうした対策が必要だ。こうした分かりやすい筋立ての方が、国民の理解も得られる。
国内対策を抜いた日米協定の試算を東京大学大学院の鈴木宣弘教授が行い、参考人とし国会で説明。価格が下がれば生産も減るとして、農産物の生産額が9500億円程度減少する可能性を示した。参考にすべきだ。
米国は追加交渉の予備協議に来年早々に入ると表明した。対象について政府の国会答弁は「農産品は想定していない」にとどまる。自由化が一層進むのではないかと農家は不安だ。払拭のために、農業を対象にするよう米国から要求されても「断固拒否する」と明言すべきだ。
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2019年12月07日
ラグビー菊池寛賞 ワンチームに学び改革
ラグビー・ワールドカップ(W杯)でベスト8に輝いた日本代表チームが菊池寛賞を受賞した。日本代表の活躍は、改めて「ワンチーム」で組織が一丸となれば難局を突破できる勇気を国民に与えた。JA自己改革などでも参考にできる「スクラム型組織論」を学びたい。
菊池寛賞は、文化活動で創造的業績を上げた個人、団体に贈る。6日の贈呈式で日本代表も表彰される。受賞理由は、ワンチームで強豪国を破る姿が「日本中に勇気を与えた」ことだ。果敢なタックルで立ち向かい、スピードを生かし得点を重ねる姿に感銘を受けた。停滞感が覆う日本人に「前を向く」大切さをも示した。
同賞は昨年、ユーミンこと松任谷由実さんが受賞し話題となった。「日本人の新たな心象風景をつくった」ことが評価された。代表曲の一つ「ノーサイド」は、全国高校ラグビー決勝での激戦を題材にした。この中に〈何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの 誰も知らず〉の歌詞がある。今回の日本代表からも「多くの事を犠牲にしラグビーに打ち込んできた」の言葉が何度も出た。同賞とユーミンとラグビーの結び付きを思う。
ラグビーの持つ戦術と精神に学ぶものが多い。象徴的な用語は、流行語大賞に選ばれた「ワンチーム」と「スクラム」「ノーサイド」。加えて日本代表には三つの“わ”があった。「和」「話」「輪」だ。チームの和を最も尊び、相互理解する話し合いを深め、大きな輪となり、相手を打ち砕く塊となる。
JA改革にも共通する。例えば、経済事業改革を進めるJA全農の新3カ年計画のスローガン「全力結集で挑戦し、未来を創る」はラグビーの勝利の方程式でもあろう。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」の精神は、協同組合の相互扶助、助け合いとも重なる。
組織には野球型とラグビー型の二つがあるという。野球型はトップが人を駒として動かす。監督が試合中にも指示を欠かさない。いわば上意下達の仕組み。一方で、ラグビー型は統一した明確な戦術の下に個々が考えて臨機応変に動く。今は先が読めない不確実性の時代で、ラグビーの戦術を今後の組織戦略に生かす経営トップも多い。違った専門性を持つ社員が力を合わせる「スクラム型組織」こそ、難局打開の突破口を開くとの考えからだ。日本代表のうち外国出身者は半数近い。「多様性」を弱点でなく強さに変え、勝ち抜くのも「スクラム型組織」の特色と言えよう。
経済界トップに加え政治家、農業界にもラガーマン出身が存在感を持つ。強い責任感、自己犠牲、耐え抜く精神力、勝利へのこだわり。底流には、思いを一つにしてみんなで努力すれば巨象をも倒せるとの「ワンチーム」への信念と確信がある。今回の日本代表の菊池寛賞受賞の意味を、JA改革断行にも役立てたい。
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2019年12月06日
国際植物防疫年 日本の指導力発揮 期待
2020年は国連が定めた国際植物防疫年(IYPH)。病害虫や雑草の対策が重要だとの認識を、世界的に高める機会となる。優れた技術・対策を持つ日本が国際的なリーダーシップを取るべきだ。東京五輪・パラリンピックで日本への侵入リスクが高まる。市民を巻き込み水際対策も強化したい。
国境を越えて侵入する病害虫は食料安全保障にとって脅威だ。水稲に吸汁被害を与えるトビイロウンカが今年、西日本を中心に記録的な発生となった。米の作況指数(10月15日現在)は九州が「87」、四国と沖縄が「94」、中国が「97」だった。
また、飼料用トウモロコシなどを加害するツマジロクサヨトウは、7月に国内で初めて確認されてから農場での発生が瞬く間に21府県に拡大した。地球温暖化の影響で定着する恐れがあり、生産現場では農家らが懸命の防除対策を進める。
来年は東京五輪・パラリンピックが開催される。病害虫は人や物の移動でも侵入する。植物検疫の重要性を市民に訴え、土付きの植物を持ち込まないなど水際対策への協力を得たい。
IYPHの根底には、持続可能な開発目標(SDGs)である飢餓や貧困の解消、環境の保護、経済発展に、病害虫のまん延防止は欠かせないとの考えがある。ニューヨークとローマでの年末のキックオフセレモニーを皮切りに、来年の閣僚会合や国際シンポジウムなどを通じ、市民や政治家、行政の担当者、企業の社員らに理解を広げる。
IYPHでの国際的なリーダーシップの発揮には、20カ国・地域(G20)の会合との関連で茨城県つくば市で11月に開かれた、病害虫研究者による二つの国際会合の経験が生きる。
市民も参加した国際農林水産業研究センター(国際農研)のシンポジウムでは、講演やパネルディスカッションを通じ、各国が連携して対策・研究に当たることが重要だとの認識で一致した。SDGsの達成や食料安保につながることも確認した。
専門研究者らが中心の農水省主催のワークショップでは、かんきつグリーニング病など八つの病害虫について研究成果や防除方法を共有。今後の研究連携の在り方を話し合った。海外の研究者らは、日本の植物防疫の仕組みやミバエを撲滅した経験などに強い関心を示していた。
二つの会合ともに、日本の研究者らが開催国として議論をリード。防除対策や研究成果の共有、研究者のネットワークづくり、国際的な研究連携の進め方などで成果を得た。
その成果を生かし日本は国際的な行動を起こすべきだ。診断技術や疫学調査、越境防止措置、予防・防除技術を提供したり、研究連携の輪を広げたり、国際的な監視体制を強化したりすることで、持続的な食料生産に貢献できる。病害虫のまん延防止への協力は越境性病害虫の国内への侵入を防ぐことになり、食料安保にもつながる。
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2019年12月05日
多面的機能の維持 中山間守る国民論議を
食料・農業・農村基本計画の見直し検討が進んでいる。生産基盤の再建に向け、政府は担い手の農地集積や規模拡大に力を入れる。平場より生産性は劣るが、中山間地域の総土地面積は7割で農業産出額や農家数の割合は4割。同地域をどう守るか、国民的な議論を深めるべきだ。
日本農業新聞は10月、企画「ゆらぐ基(もとい)~危機のシグナル」と題し生産基盤の実態を追った。日本棚田百選に選ばれる宮崎県の集落が、棚田オーナー制度などで集落外の住民との交流に力を入れるものの存続の危機に直面している事例や、農地の受け皿となってきた集落営農組織が解散に追い込まれたことなどを取り上げた。
厳しい状況は数字からも読み取れる。農水省が行う2018年度の中山間地域等直接支払いの交付面積は約66万4000ヘクタール。14年度に過去最大の約68万7000ヘクタールに達したが、伸び悩んでいる。農業・農村を支えてきた団塊世代の高齢化や人口減少の中で、国民全体で守る仕組み作りは待ったなしの課題だ。
農水省は、農業・農村の多面的機能や棚田に対する国民の意向調査をまとめた。同機能で重要な役割を複数回答で聞いたところ、「雨水を一時的にためて洪水を防ぐ」(57%)「作物や水田にためられた水が土砂の流出を防ぐ」(37%)「日々の作業を通じて土砂崩れを防ぐ」(36%)といった治水・治山機能の評価が高い。また「棚田を将来に残したいか」を尋ねたところ、8割が残したいと答えた。理由は「澄んだ空気や水、四季の変化などが癒やしと安らぎをもたらす」「農地や農作物などがきれいな景色を作る」がいずれも37%と最も多かった。
一方で、「棚田の維持や保全のために何かしたいか」との問いに「したいと思わない」が34%。また「棚田を残したいか」について「荒れてしまうのは仕方がない」(19%)、「棚田がすべてなくなっても構わない」(6%)という回答もあった。
治水・治山や癒やしなどの多面的機能は国民にこそ多くの恩恵をもたらしている。農業・農村の役割と魅力について、国民理解をもっと広げる必要がある。
現行の基本計画は、担い手を中心とした産業政策と地域政策を車の両輪と位置付け、魅力ある農村づくりの取り組みには、規模や経営形態の異なる農業者、地域住民、農村外の人材などの幅広い参画が重要だと指摘する。しかし、農村の疲弊を訴える現場の声は強まっている。
最初の基本計画は20世紀最後の年に策定された。10年間を見通した同計画の5年ごとの見直しは「食料や農業・農村について消費者や自治体を含め、さまざまな階層が参加して議論する場で、20世紀農政から受け取った宝物」(小田切徳美明治大学教授)と言える。基本計画見直し検討への幅広い層の参画により、外部人材も含めた多様な担い手で農業・農村を支える実効ある政策を作る必要がある。
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2019年12月04日
20年度畜酪対策 中小支援で基盤維持を
2020年度畜産・酪農政策価格、関連対策で、政府・与党の本格論議が今週始まる。最大の焦点は生産基盤維持・強化だ。特に都府県の中小規模の家族経営を含め生産の底上げ策が問われる。今後10年間の展望を示す酪農肉用牛近代化方針(酪肉近)とも密接に絡むだけに、生産意欲を促す価格、政策決定が必要だ。
まず、論議すべきは、改正畜産経営安定法の下で酪農家の生乳出荷を巡り「いいとこ取り」が横行し、飲用向けが増え用途別需給取引に支障が出かねない現状の是正だ。法改正に伴い、指定生乳生産者団体の一元集荷体制が廃止された。結果的に酪農家全体の所得が減る事態になれば、「何のための法改正だったのか」との疑問がさらに大きくなる。農水省は、生産者の公平性確保を前提に適正な制度運用と指導を徹底すべきだ。
今回の最大の焦点は、生産基盤の弱体化を食い止め、どう経営を立て直すか。これには大規模経営ばかりでなく、家族農業が中心の都府県の中小経営への支援拡充も欠かせない。
問われるのは、従来にも増して将来の展望が持てる政策価格と関連対策だ。日米貿易協定承認案の国会審議も大詰めを迎える中で、相次ぐ大型自由貿易協定に生産者の将来の不安も募る。今回の畜酪政策価格、関連対策は、こうした自由化進展への対応や酪肉近論議の方向性を示す“発射台”の意味合いも持つ。
特に酪肉近では、国産乳製品の需要の強さを受け、現行約730万トンの1割増、最大800万トンを目指すべきだ、との具体的な提案も出ている。生産者団体と乳業メーカーなどで構成するJミルクの将来ビジョンでも、10年後の生乳生産を775万~800万トンとしている。大前提は、生乳全体の55%を占める北海道の増産傾向が続き、都府県の減産に歯止めがかかることだ。チーズ、液状乳製品の需要増を想定している。同時に酪農所得対策の議論も必要だ。
畜酪農家戸数の減少が続く中で、規模拡大などを支援する畜産クラスター事業では一層柔軟な対応が求められる。中小経営を念頭に具体的な条件緩和などが必要だ。高齢者から若手への円滑な経営継承も大切だ。放置すれば離農につながりかねない畜産環境対策や、ふん尿処理施設の更新支援も欠かせない。
政策価格では、加工原料乳生産者補給金と集送乳調整金が大きな課題だ。配合飼料価格の値下がりなどから補給金単価算定では下げ要素も多いとされるが、生産意欲の観点から特段の配慮が必要だ。決定水準によっては20年度飲用乳価交渉への悪影響も懸念される。また、指定団体を対象とした集送乳調整金には物流コスト高を反映すべきだ。同調整金の引き上げは酪農家の結集を促し、用途別需給調整にも結び付く。
政府・与党の折衝は、農業団体の意向を十分踏まえ、酪肉近論議など今後の展望を開く決着にすべきだ。
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2019年12月03日
メガFTAと食肉 影響見据え対策加速を
大型自由貿易協定(メガFTA)の影響が心配される食肉の動向から目が離せない。輸入の増加は依然として続き、国産の相場は弱含みで推移している。関税引き下げの影響が出るのはまだ先だとみられていたが、生産者・産地と政府、業界は警戒を強め、生産・販売対策を加速させる必要がある。
環太平洋連携協定(TPP)は昨年末に発効し、今年2月には欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)が発効した。牛肉、豚肉などの食肉は、関税引き下げによる国内への影響が最も心配された分野だ。深刻になるのは税率の下げ幅が大きくなる5年後、10年後との見方もあるが、そう悠長に構えてはいられない状況が出始めている。
最大の要因は食肉輸入の増加が止まらないことだ。豚肉は、2017年に93万トンと過去最高を記録し、昨年も横ばいの高い水準だったが、今年は10月までの累計で17年同期を既に4万トン上回った。過去最高を更新するのは確実な情勢だ。TPP、EPAともに2回の引き下げで従価税が1・9%へと2・4ポイント削減されたが、予想を超える輸入ラッシュとなった。
背景には、日本市場でのシェア争いが早くも始まっていることがあるとみられる。特に、この10年で対日輸出量を2倍に増やし、シェアを3割に高めたEUが今年の増加の一因だ。TPP、日欧EPA加盟国はいずれも、前年を上回っており、最大の輸出国の米国だけが前年を下回っている。
輸入が増えているのは豚肉だけではない。牛肉も、10月までの累計が、この20年間で最も多かった18年をわずかとはいえ上回っている。従来9割を占めてきたオーストラリアと米国の二大輸出国が前年を下回る中で、TPP加盟のカナダ、ニュージーランドなど新興国が追い上げている。鶏肉も10月累計で過去最高水準の輸入量となった。
食肉輸入の増加は、国産の枝肉相場に影響を及ぼし始めている。豚肉は1年ほど前から国産豚の生産回復に輸入の増加が追い打ちを掛け相場低迷となった。今年は回復の兆しが見え始めたが、夏場から輸入増で、再び弱含みの展開となっている。鶏肉相場、和牛相場も似たような構図だ。
これまで枝肉相場を大きく左右してきたのは国内の景気動向だ。この10年ほどでは、リーマン・ショック、東日本大震災が相場低迷の要因となった。この5年ほど大きな景気後退もなく、相場は安定するはずなのだが、輸入の増加で相場はますます不安定なものとなっている。
TPP、EPAに加え来年1月には日米貿易協定も発効の見通しだ。抑制効果を発揮してきた牛肉のセーフガード(緊急輸入制限措置)は、TPPからの米国離脱でほとんど期待できない。関税という防波堤が低くなる中、それを越えて食肉輸入が増えるのは先のことではない。始まっているとみるべきだ。
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2019年12月02日