貿易自由化のリスク 食だけでなく健康も 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏

 あまり論じられていないが、貿易自由化のリスクの一つに食料輸入と窒素過剰の問題がある。日本の農地が適正に循環できる窒素の限界は124万トンなのに、既にその2倍近い238万トンの食料由来の窒素が環境に排出されている。

 日本の農業が次第に縮小してきている下で、農地・草地が減って窒素を循環する機能が低下してきている一方、国内の3倍にも及ぶ農地を海外に借りているようなもので、窒素などの栄養分だけ輸入しているから、循環しきれない窒素がどんどん国内の環境に入ってくる結果である。

 238万トンのうち80万トンが畜産からで、しかも飼料の80%は輸入に頼っているから64万トンが輸入の餌によるもの。1・2億人の人間のし尿からの窒素(64万トン)に匹敵する量がもたらされていることになる。

 窒素は、ひとたび水に入り込むと取り除くのは莫大(ばくだい)なお金をかけても技術的に困難だという点が根本的問題である。下水道処理というのは、猛毒のアンモニアを硝酸態窒素に変換し、その大半は環境に放出されており、決して硝酸態窒素を取り除いているわけではない。

 硝酸態窒素の多い水や野菜は、幼児の酸欠症や消化器系がんの発症リスクの高まりといった形で健康にも深刻な影響を及ぼす可能性が指摘されている。糖尿病、アトピーとの因果関係も疑われている。乳児の酸欠症は、欧米では、40年以上前からブルーベビー事件として大問題になった。

 われわれの試算では、例えば一層の自由化が水田農業の崩壊につながったら、国家安全保障上のリスクに加えて、窒素の過剰率は現状の1・9倍から2・7倍まで上昇してしまう可能性がある。

 他にも失うものは数多くある。①カブトエビ、オタマジャクシ、アキアカネなど多くの生き物が激減し、生物多様性にも大きな影響が出る②フード・マイレージ(輸送に伴うCO2の排出)が10倍に増える③バーチャル・ウオーター(輸入された米を仮に日本で作ったとしたら、どれだけの水が必要かという仮想的な水必要量)も22倍になり、水の比較的豊富な日本で水を節約して、既に水不足が深刻なカリフォルニアやオーストラリアで環境を酷使し、国際的な水需給を逼迫(ひっぱく)させる──などの可能性を筆者らは試算している。

 これらのことは、食料や飼料の輸入への過度な依存を改め、農業が自国で資源循環的に営まれることこそが国民の命を守り、環境を守り、地球全体の持続性を確保できる方向性だということを強く示唆している。これ以上の貿易自由化は、こうした観点からもNOである。
 

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