奥田昌子さん(医師) 懐かしの味をいつまでも

奥田昌子さん

 私は愛知県犬山市の出身です。子どもの頃はよく駄菓子屋に行きました。名古屋には駄菓子を作る会社と問屋が集まっている地域があって、全国に卸しているそうです。そういうこともあってか、お店には商品が豊富にありました。

 思い出すのは、まるで板のように硬かったガム。それとチューブ入りのチョコレート。たしかアポロの宇宙飛行士が食べていたとかいわれていました。宇宙食みたいにチューブから吸って食べるのが面白かったです。

 お隣の静岡県に秋葉神社という防火の神を祭った神社があって、その分社が愛知県にもたくさんあります。犬山にも小さな鳥居と社があり、毎年11月になるとかがり火をたいて炊き込みご飯を振る舞う習慣がありました。

 子どもたちは家からお茶わんを持って神社に行きます。すると町内の大人たちが、大きな釜で炊いたご飯をよそってくれるんです。その日は夜8時くらいまで遊ぶことが許され、かがり火に木の実を放り込んでバチバチと音を立ててはじけるのを見て喜びました。
 

豆腐田楽は絶品


 私の母は薬剤師の仕事をしていてとても忙しく、近所に住む親戚がご飯を食べに時々お店に連れて行ってくれました。八丁みそを使った郷土料理を出すお店が多かったです。

 そこで特に好きだったのが、豆腐田楽。硬いお豆腐に竹をそいで作った串を刺して、おみそを塗って、炭で焼くんです。焦げた所が香ばしくて。ご飯は必ず菜飯。ダイコンの葉っぱを刻んで一緒に炊き込んだものです。焼けたお豆腐をご飯の上に載せていただくと、おみそがご飯にくっついて、それがまたおいしいんですよ。

 八丁みそは、大豆と塩だけで作ります。愛知県は非常に蒸し暑いので、腐敗しにくいようにと、2年くらいかけてしっかり熟成させています。
 

濃いだしの文化


 愛知県の味の特徴としてもう一つ挙げられるのは、濃厚なだしを使うことです。ムロアジで作った節、さば節、ソウダガツオで作った節で取るので、かつお節のだしと比べてかなり濃いんです。

 名物のきしめんにも、もちろんこのだしを使います。その上にたっぷりの花かつおを載せて駄目押しを。名古屋駅ではほとんどのホームに立ち食いのきしめん屋さんがあって、列車から降りるとだしの香りが漂っています。その香りが鼻をくすぐると、帰ってきたなあという気持ちにさせられます。

 郷土料理は作るのに手間暇がかかる上、食材も高くなり手に入りにくくなってきています。そのため、提供するお店が減ってきていますね。おいしい田楽を出す店は、犬山とか豊橋、岡崎などの古い町でも、わずかしか残っていないようです。最近は田楽を出すチェーン店が出てきましたが、昔の味とは違う、田楽風の料理を出す店、という感じですね。

 出張で各地に行きますと、なるべく古くからある郷土料理をいただくようにしています。山梨に行けばほうとう、秋田に行けばきりたんぽ……。

 先週も大阪から帰る時に「とん蝶(ちょう)」を買いました。「ふるさとの味」と書かれた包装紙に包まれた三角形のおこわで、刻んだ塩昆布や大豆、梅干しが埋め込まれているんです。「とん蝶」とはトンボとチョウチョを取っていた子ども時代の懐かしい味という意味だそうです。こうした味は、いつまでも残ってほしいと願っています。(聞き手・写真=菊地武顕)

 おくだ・まさこ 愛知県生まれ。京都大学大学院医学研究科修了。予防医学にひかれ、健診や人間ドック実施機関で20万人以上の診察に当たる。その経験に基づいて『欧米人とはこんなに違った 日本人の「体質」』『内臓脂肪を最速で落とす』など多数の著書を執筆。近著に『日本人の病気と食の歴史』(ベスト新書)
 

おすすめ記事

食の履歴書の新着記事

検索

e農サーチ e農サーチとは