農村の社会的包摂 主体的に生きる喜び 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏

 静岡市で高齢者の人権について話す機会をいただきました。同市では今月を「国連の持続可能な開発目標(SDGs)月間」として、環境、福祉、人権、女性活躍などに関するイベントを開催し、誰もが生きやすい地域づくりを掲げています。

 わたしはNHKEテレで「介護百人一首」という番組の司会を15年続けていますが、その中で感じるのは、農村と高齢者に共通した魅力です。確かにみなぎるエネルギーはありませんが、そこにはいぶし銀の風格や味わい、歴史や知恵があります。人が高齢になるように、地域も年を取ります。老いはそんなに忌み嫌うことでしょうか。老舗、骨董(こっとう)、ウィスキーやワイン、年代物のほうが優位な市場は確実にあります。経年を長期熟成と捉えて歓迎する価値観がもっとあっていいはずです。

 介護の日々を詠んだ「介護百人一首」には、農にまつわる歌がいくつもあります。

 「『台風がいくつ来たね?』と心配し稲穂見る目はまだまだ現役」

 「病院に目覚めて母は大根を干したかと問う十二月一日」

 どちらも自分のことより心配なのは農作業です。いくつになっても生産者は、世話をする側、与える人なのです。こんな歌もあります。

 「切り方も知らぬ青年ヘルパーがかぼちゃの煮方覚えくれたり」

 車椅子のしづさん(70代)は料理を知らない新人ヘルパーの青年にいつも手順を教えていました。あるとき青年は、休日に自宅でカボチャの煮物を作って自分の母親に食べさせたと報告してきました。

 「しづさんに習った通りに作ったら母においしいと褒められました。しづさんのおかげです!」

 この時のしづさんの喜びが想像できるでしょうか。誰だって人の世話になるより、人の役に立ちたい。その方が生きる意欲はわくものです。

 また、この話で注目すべきは、青年が料理のできない新人だったからよかったのです。新人も中年も高齢者も障害者も、みんな大切なかけがえのない存在です。

 これからは「ソーシャルインクルージョン」(社会的包摂)と言って、弱者を排除せず、社会の一員として経済活動に参加してもらう考え方にシフトしています。農福連携がよい例ですが、その本質は労働力確保にとどまりません。農に関わることで人は自分の居場所を持ち、主体的に生きる喜びを知るのです。消費社会では得にくい自己肯定感です。

 元気な高齢者が増えれば、若い人は先輩の生き方に憧れます。農村と高齢者問題は、包摂して考える時代です。
 

おすすめ記事

コラム 今よみ~政治・経済・農業の新着記事

検索

e農サーチ e農サーチとは