豚熱発生1年 消えぬ恐怖 国の補償まだ、かさむ借金…再開へ奔走 愛知県田原市

「みかわポーク」などブランド豚の飼育に熱心なJA愛知みなみ管内。JAからもらったという看板を前に、再建を誓う鋤柄さん(愛知県田原市で)

今後のPRについて話す(左から)牧野課長と鈴木さん、JAの藤城好昭畜産部長(同)

 豚熱で多くの豚を殺処分した大産地が、再建に向かおうとしている。豚熱発生前、10万頭の豚がいた愛知県田原市は、農家の3分の1以上が豚の殺処分を経験した。国からの補償金の支払いはまだなく、借金がかさむなど経営再開には多くの課題が横たわる。農家は苦しみながらも産地復興を目指している。
 

3分の1殺処分


 2019年2月に豚熱が発生して以降、市内の養豚農家52戸のうち20戸が合計3万7000頭を殺処分した。農家が切望していたワクチン接種の実施後も、昨年12月に哺乳豚で感染が発覚。産地には今も緊張感が漂う。

 養豚農家の鋤柄信人さん(52)は昨年3月に同じ団地で飼養していた農家の畜舎で感染が判明し、関連農場として約3000頭の豚を殺処分した。

 しばらくはショックが大きく、毎日世話をした豚が消えた事実を受け入れられなかった。鋤柄さんは「豚と一緒の人生だっただけに、何をしたらいいのかも分からなかった。豚がいない畜舎に入るとさびしくてたまらなかった」と振り返る。

 息子が就農を目指し農業大学校に行く中で、離農はできなかった。同じ団地で経営する他の農家3戸やJA愛知みなみの養豚課の職員らと何十回も会議を重ね、再建に向けた衛生管理や資材購入などを協議。昨年11月下旬に種豚を導入するまでにこぎ着けた。

 だが母豚が妊娠して子豚を産み、出荷して収入が得られるようになるのは来年1月だ。殺処分に対する国からの補償金はまだ受け取っていない。衛生管理の高度化へさらなる投資も必要だ。今後も1年近く収入がない見通しで、借金をせざるを得ない状況が続く。

 鋤柄さんも仲間も、衛生管理を徹底してきた。市内で感染イノシシは見つかっておらず、原因が特定されていない。それだけに見えないウイルスに疑心暗鬼になり、「またすぐに出るんじゃないかという恐怖がある」と切実な思いを話す。

 鋤柄さんが雇用していた従業員の1人は他の養豚農家で働いてもらっている。中には、従業員にやめてもらわざるを得ない農家もいた。多くの農家が苦境の渦中にいる。鋤柄さんは「自分は仲間がいたから頑張ろうと思えた。国は再開に向かう農家にもう少し寄り添ってほしい」と訴える。

 JA養豚課によると、田原市では豚を殺処分した20戸のうち13戸が再建した。牧野健司課長はこの1年、豚熱の恐怖を忘れたことはない。農家ごとに経営再開に向けたシミュレーションをし、イノシシ対策や関係する行政機関、企業との調整にも奔走する。

 豚熱発生後、出席した関連の会議は100回近くにも及ぶ。JAに入り養豚に携わって通算29年のベテラン職員で、産地が発展するまでの歴史や苦労を見てきた。畜産のプロなだけに、殺処分された豚や苦悩する農家を思うとつらいという。

 牧野課長は「産地には今も緊張感がある。補償金はまだ誰も受け取っておらず収入がない状況。農家は非常に大変な状況だ」と現状を説明する。さらに「10万頭を飼育してきた大産地を復活させるため、農家と頑張りたい」と見据える。

 150頭を一貫経営で飼育するJA養豚部会の部会長、鈴木辰也さん(53)は、初動体制、情報発信やワクチン接種の時期、殺処分の体制、衛生管理基準、原因の特定など、県や国の方針に理不尽さを抱いてきた。

 市にとっては基幹産業の一つ。鈴木さんの豚は殺処分していないが、豚熱の発生は市全域を揺るがす大きな問題だったという。現状でも課題は山積するが、それでも復興に向けた道を模索している。鈴木さんは「将来を見ていくしかない。養豚農家の年齢は幅広いが、みんなで一つになれるのが産地の特徴。産地全体で、ゼロから頑張りたい」と思いを明かす。
 

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