GI保護制度と地域性 八丁味噌の文化守れ ノンフィクション作家 島村菜津

島村菜津氏

 愛知県岡崎市の「八丁味噌(みそ)」の蔵には、目の覚めるような絶景が広がっていた。見上げるような大おけに、天然石を3トンも積み上げてみそを寝かせているのだ。そこには受け継がれた職人技がある。その木おけで2年以上、熟成させることでまろやかな塩味とうま味が生まれる。市内の老舗みそ業者の「カクキュー」と「まるや」は、江戸時代から370年以上続く。効率重視の現代で、食文化を守り続けてきた姿に、深い感動を覚える。
 

海外で名乗れず


 ところが、この2社が、農水省の地理的表示(GI)保護制度のために、昨年2月から海外では「八丁味噌」をいつ名乗れなくなってもおかしくない不測の事態が起きている。GI制度は、同省が“農林水産物・食品などの「地域ブランド」を守るため”に、2015年6月に設けた新たな制度である。

 経緯はこうだ。まず2社が組織する「八丁味噌協同組合」が、同省にGI認証を申請したが、「地域が狭過ぎる」との理由で却下され、その後に申請した愛知県43社からなる「県味噌溜醤油(たまりしょうゆ)工業協同組合」の申請が通った。

 しかし、岡崎市を訪れれば一目瞭然だ。八丁味噌の名の由来は、岡崎城から西へ八丁、約870メートルに位置する八帖町で造られてきたみそだからである。「まるや」の代表、浅井信太郎さんは言う。「八帖町は川に囲まれた湿気の多い土地。それでも保存が効くようにと試行錯誤した結果生まれたのが八丁味噌だ」。水分を極力減らすために、矢作川の上流の河原の丸石を大量に積み上げて重しとし、じっくりと熟成させたことで、地域固有の風味が生まれた。

 一方、現行のGI認証における八丁味噌は、期間は10カ月以上、仕込みおけも重しも素材を問わない。2社が不服申し立てをしたところ、総務省が農水省に対してこれを棄却することは妥当ではないとの答申を出した。だが農水省からの返答はまだである。このままでは6年後、2社は国内でも八丁味噌を名乗れないという最悪の事態になりかねない。
 

認証軌道修正を


 今、日本の発酵食文化が世界の注目を集めている。海外のメディアも八丁味噌の取材を始めるだろう。そんな彼らに「なぜ八丁味噌と言うのですか」と問われた時、私も日本人として堂々とその由来を教えてあげたいし、あの圧巻の蔵に誘いたい。

 「カクキュー」企画室の野村健治さんは提案する。「東海地方の豆みそも、国内の生産からみればわずか5%しかない地域の希少な食文化。せめてGI認証は八丁味噌ではなく、愛知県の豆みそにして、醸造文化を広げてはどうか」と。

 地方再生を唱える政府は食の文化財とも言える岡崎市の八丁味噌を守り、育ててほしい。せっかく作ったGI認証の軌道修正はできないものだろうか。

 しまむら・なつ 1963年、福岡県生まれ。東京芸術大学卒。ノンフィクション作家。イタリアのスローフード運動を日本に紹介した先駆者。『スローフードな人生』『スローな未来へ』など著書多数。

おすすめ記事

論点の新着記事

検索

e農サーチ e農サーチとは