玉川徹さん(テレビ朝日報道局社員) 思い出の「味」をもう一度

玉川徹さん

 昔は大好きで食べていたのに、今はなくなってしまった「味」というのが、あるんです。

 僕は大学受験のため東京で1年間浪人生活を送りました。駿台予備校に通ったんです。千葉・船橋にある寮に入って。寮は4人部屋で、自分のスペースもないわけですよ。テレビもなく、楽しいと思えるものは一切ない生活でした。

 朝晩の食事は寮の食堂で食べたんですが、まずい米というのがあるのを初めて知りました。実家のある宮城は米どころで、「ご飯だけで食べられる」と言うくらい、おいしいご飯を食べていたのに。
 

「テンソ」に感動


 ですから楽しみは、昼食しかないわけです。予備校のある神田駿河台には、多くの大学があります。大学の食堂で食べようと、まずは明治大学に行ったんですがおいしくなかった。次に東京医科歯科大学に行ったら、さすが国立大。とてもおいしい。けっこう通いました。ところがそのうち、「駿台生、お断り」の張り紙が。学食を利用するには学生証の提示が必要になったんです。国費でやっている大学なのに。駿台生も国民だ!と怒りを覚えました。

 しょうがなく予備校のそばの立ち食いそば屋に入ってみたら、これがものすごくおいしかった。

 テンソがいいんですよ。天ぷらそばなんて面倒臭い言い方をしない。みんな、「テンソ!」と頼んでいました。ごく小さいエビのかき揚げの天ぷらの油が、色も味も濃い汁に適度に溶け出して。これが本当にうまかった。

 その店がなくなってしまったんですね。どこかの番組で、あの店主を探してもう一回作ってもらえないかなあ。
 

一味違う生サバ


 もう一つは、名古屋の中央卸市場の中にあったおすし屋さん。

 僕はずっとワイドショーをやっていました。朝7時に出勤すると、いきなり「あそこに行け」と命じられる毎日。地方に行き丸一日かけて取材をして、東京に帰って徹夜で編集をしてオンエアというのが、普通の生活だったんです。

 時には夜まで取材をしないといけないこともあって、そうなると撮ったVTRを地方局から電送してホテルに宿泊。朝の放送が終わるまで待機し、その後は自由になれるんです。

 名古屋で取材をして泊まった翌日、地方局のディレクターが連れて行ってくれたのが、市場の中のすし屋でした。

 店のおやじさんが「これ、ちょっと食べてみて、魚が何か当ててください」と最初に出してくれた握り。見た目はブリみたい。食べると白身っぽい味。ものすごく脂ののっている白身? 正解は「生のサバ。伊勢湾の根付きの新鮮なもの」だそうで、びっくりしました。

 他にもいろいろ食べて、最後に出て来たのが穴子。これがトローッとしてたんですよ。初めて経験する味。普通、すし屋の穴子って既に煮ていて、注文が入ったら冷えたのをあぶって出すじゃないですか。おやじさんは僕らが食べている途中から煮始めて、煮たてのを握ってくれたんです。「少なくとも私が修業した店では、こうやっていました」と言っていました。

 それからそのお店に通ったんですが、おやじさんは脳梗塞になって店を閉じたんです。残念です。

 そういえば予備校時代によく通った店がもう一つありました。牛丼のたつ屋。当時はそこそこ店舗数のあるチェーンでしたが、次々に閉店し、今では新宿に1軒あるだけ。ここだけは頑張って、あの「味」を残してほしいです。(聞き手・写真=菊地武顕)

 たまかわ・とおる 1963年宮城県生まれ。京都大学大学院農学研究科修了後、テレビ朝日に入社。ワイドショーで、政治、経済、科学、事件など多分野を取材。『うちの子を「官僚」に育てる26の格言』など著書も多数ある。現在は「羽鳥慎一モーニングショー」にコメンテーターとしてレギュラー出演中。
 

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