感染症と私権制限 “劇薬”より拡大防止を

 新型コロナウイルスの拡大に備える法改正で、首相による「緊急事態宣言」が可能になった。政府は、現状は宣言を出す状況になく、封じ込めに全力を挙げる構えだという。宣言は私権制限の“劇薬”だけに慎重を期さねばならない。今は感染予防・拡大防止システムの構築に注力すべきだ。

 新型コロナウイルスがパンデミック(世界的大流行)となる中、欧米などで非常事態宣言が相次ぐ。国境封鎖や移動制限の拡大で世界経済が収縮する。日本も例外でなく、農業・食品産業にも深刻な影を落とす。感染対策と経済活動のバランスをどう図るか。終息が見通せないだけに、日本政府は難しいかじ取りを迫られるが、科学的根拠に基づいた冷静な対応が必要だ。

 日本で緊急事態が宣言されれば、農業分野でも行政への食品の売り渡しや農地の収用などが想定される。まずは、感染拡大を食い止め社会的混乱を避けなければならない。

 今回の改正は、新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)の対象に新型コロナウイルスを加えたもので、14日施行された。元の法律は民主党政権下の2012年に成立。「新感染症」も対象としており、野党は改正しなくても対応できると主張していた。政府が法改正にこだわったのは、自ら主導して新型コロナウイルスを緊急事態宣言の対象に盛り込む実績づくりに腐心したからではないか。

 問題は発動要件が曖昧で、私権制限に伴う補償などの財政支援策が明確でないことだ。首相が、新型コロナウイルスが全国的かつ急速にまん延し、国民生活や経済に甚大な影響を及ぼすと判断すれば、専門家の意見を聞き、宣言を出せる。対象地域や期間を決め、当該地域の知事は、外出自粛や休業を要請できる。

 私権制限色が強いのは、医薬品や食品の売り渡し要請や臨時の医療施設開設に必要な土地・家屋の使用だ。土地の所有者が正当な理由なく拒めば、強制収用もできる。こうした緊急物資の保管や土地収用のための立ち入り検査もでき、応じない場合は罰金を科す。仮に農家が、農産物の売り渡し、農地の一時使用などの要請に応じた場合の経済的補償など運用面の細目は決まっていない。

 これまでも、「解釈改憲」や法規定の解釈変更を行ってきた安倍政権が、権力を乱用するのではという不信も拭えない。法律は私権制限を「必要最小限」と定める。付帯決議でも国会への事前報告を求めた。無条件に首相に権限を集中させれば、国会は形骸化し、憲法ののりも超えかねない。国会の行政監視機能が問われる。自民党は改憲草案に緊急事態条項を入れ、実現に意欲的だ。しかし、新型コロナ禍を奇貨として改憲の地ならしをしてはならない。

 政府は、人権や表現の自由を守るため権力行使に抑制的であるべきだ。政権への信頼こそが対策の実効性を担保する。
 

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