種豚農家頑張り限界 豚ワクチンで移動制限…客失い経費増

建設した人工授精場。桑原さんは「使命感で何とか頑張っている」と繰り返す(静岡県富士宮市で)(専門家の指導の下、記者は防護服を着用し衛生管理を徹底して、取材、撮影しています。農場は撮影後に消毒しています)

 豚熱の予防として全国21都府県でワクチン接種が実施される中、全国に精液や種豚を供給してきた種豚農家が、経営転換を余儀なくされている。種豚は肉豚生産の基盤で育種資源を守る公的な役割も担うだけに、接種地域外に種豚を避難させるなど、農家は自力で打開策を模索。だが、流通制限に伴う顧客の喪失、掛かり増し経費の圧迫など負担は深刻だ。
 

「避難」も経営綱渡り 静岡県富士宮市


 北海道から沖縄まで、豚の精液販売や人工授精関連機器の開発、種豚の供給を担う静岡県富士宮市の富士農場サービス。全国17大学や70以上の畜産試験場、農業大学校など公的機関に供給し、日本の人工授精技術の基盤をつくり、国際的にも評価の高い種豚農場だ。

 その同社が、豚熱のワクチン接種で窮地に立たされている。ワクチンを接種した豚や精液は食肉処理場を除き、接種地域外に移動できなくなるためだ。同社は6割がワクチン接種が認められた地域以外に種豚や精液を供給してきた。「途方に暮れた、本当に参った」と同社理事の桑原康さん(66)が険しい表情で振り返る。

 ワクチン接種に伴い、試験場や大学、農家などからは「改良や研究が中断する。接種しないでほしい」「育種や銘柄豚の生産ができないので、接種地域外に逃げてほしい」といった声があった他、接種地域内からは「ワクチン接種して静岡で頑張ってほしい」など多様な声が寄せられた。

 桑原さんは他の養豚農家と共に、農水省に特定家畜伝染病防疫指針に規定されたワクチン接種の例外措置に種豚農場を対象とするよう要請を続けてきた。しかし、昨年12月下旬に、例外措置の対象とはならないことが判明、早急な対応を余儀なくされた。

 桑原さんは避難先の養豚場探しに奔走したが、交渉は難航。やっとワクチン接種をしていない岩手県二戸市で離農した農家から養豚場を買い取ることができ、12月末にワクチン接種をしていない種豚117頭を静岡から緊急避難した。岩手の農家や地域の人の支えで実施できた避難で、桑原さんは「ドタバタで何とか移動できた」と涙を浮かべながら話す。

 二戸市での養豚場経営は新たに人を雇用し、桑原さんや家族が何度も往復し、綱渡りで経営をスタート。新たな農場での運営に掛かる費用や滞在費など1億円近い莫大な費用がかかった。現在も毎週、岩手と静岡を行き来しており、掛かり増し経費が重くのしかかる。

 同農場では、数年前から高度な衛生管理が保てる人工授精場を新築する計画を立てており、4月には稼働する予定だ。その返済と、想定外だった二戸市での農場運営に伴う費用負担が深刻な悩みだ。桑原さんは全国にこれまで通り供給できる体制を確保したことに、各地の農家や試験場などから感謝の声が寄せられることが励みだという。

 桑原さんは「種豚農場は、数こそ少ないが、全国の養豚農家を支えている生産基盤でもある」とした上で、「これからが本当に大変だ。自力で頑張るのは限界がある」と嘆く。
 

<メモ>


 ワクチンを接種する21都府県は、豚での発生が確認された岐阜や愛知、長野などとイノシシでの感染が確認された静岡や群馬などの他、国が認めた東京や千葉など。東北や中国四国地方などワクチンを接種していない地域に、ワクチンを接種した豚や精液は移動してはいけない。そのため広域に流通する種豚を育てる農場からは、接種せずに経営できる条件整備を国に求める声が出ていた。
 

国は支援を 固有種守れ 養豚協会など


 農水省によると、種豚農家の全国統計はない。ただ、日本養豚協会に種豚や子豚を生産している登録事業に参画する種豚農家は全国におよそ100いるという。同協会は「ワクチン接種で地域が分断され、豚肉供給に深刻な影響が出るほど、種豚農家らはかなり厳しい状況だ」と説明する。

 農水省は接種地域内外で種豚や精液を供給する農家との新たな供給先のマッチングを進め、掛り増し経費の支援などはしていない。ただ、同協会は「マッチングの支援では問題は解消しない」と強調。銘柄豚などをこだわって飼育してきた養豚農家からは「簡単に供給元を変えることができない」「種豚農家は育種資源を守る存在で支援が必要だ」などの声が相次ぐ。

 日本のトップブリーダーである栃木県那珂川町の星種豚場。「デュロック」を中心に種豚150頭を飼育し、5万本の精液を全国に出荷してきた。ワクチン接種に伴い、売り上げ3割が減少した。同種豚場の代表で国産純粋種豚改良協議会会長は星正美さん(67)は「日本の種豚改良の重要性を国は無視している。食文化が廃れる深刻な事態だ」と強調する。

 経営転換ができる農家は限られ、離農者も出ているという。星さんは「日本ならではの固有種が生み出されているのは長年の改良の積み重ねだ」として、農家の自助努力だけでなく、国の支援の必要性を訴える。
 

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