歌詞の意味すらよく分からずに、「仰げば尊(とうと)し」を歌っていた

 歌詞の意味すらよく分からずに、「仰げば尊(とうと)し」を歌っていた▼1番3行目に出てくる、〈おもえば いととし このとしつき〉の「いととし」。「いと疾し」と書いて、大変速いことを意味する。知った時には、よわいを重ねていた。「いとおしい」と勘違いして、恩師を前にしみじみと歌っていた当時が懐かしい▼知ったかぶりは、とんだ失態につながる。社会に出たばかりの若者を前に、幕末の僧釈月性(しゃくげっしょう)の詩から「人間到(いた)る処(ところ)青山有り」を紹介し、「どこも住めば都だ」などと講釈を垂れてしまった。青山は墓地を意味し、人間は「じんかん」と読んで世の中のこと。骨を埋める所はどこにでもある。だから故郷を出たからには戻らない覚悟で活躍せよと激励した詩だと後で知って、独り赤面した▼最近の言葉にも落とし穴が。最後に「活」を付けて短縮する表現が増えた。就職活動の就活から始まり、一生の伴侶を探す婚活、人生のしまいを考える終活と続き、言葉の簡略化が急速に進む。ここまで書いて「独活」とくれば、独身主義と思いがちだが、山菜ウドの漢字表記である。直売所の掲示が読めず、活字を扱う者としての面目を失う羽目に▼きょうは語呂合わせから「ことばの日」。中途半端な知識は「うどの大木」。要注意である。
 

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