放牧制限の基準案 現場の声踏まえ再考を

 牛や豚などの放牧制限につながる事項を盛り込んだ農水省の飼養衛生管理基準の見直しに、懸念が広がっている。基準案には畜舎の確保などの全国での義務化や、豚熱のワクチン接種地域での事実上の豚の放牧中止を規定。しかし、科学的根拠は示さず、農家への説明は不十分だ。拙速に決定すべきではない。

 基準案は、牛などは主に口蹄疫(こうていえき)、豚などは豚熱やアフリカ豚熱の予防が目的。放牧が停止・制限される場合に備えて、家畜を飼養できる畜舎の確保または出荷や移動のための準備の必要性を明記した。また、防疫強化へ大臣指定地域を設定し、放牧場やパドックなどでの舎外飼養を中止するとした。豚は当面、豚熱の予防的ワクチン接種推奨地域24都府県が指定される見通しだ。同省は11日まで一般から意見を募集し、7月までの決定を目指す。

 畜産を守るには衛生管理の高度化は必要だ。特に豚熱は野生イノシシが感染源の一つとされる。しかし放牧中止と防疫向上の関係は不明。同省は「野生動物は封じ込めが難しい。放牧は野生動物と接触しやすい」と説明するが、放牧家畜は感染リスクが高いとの科学的根拠はないとする。同省動物衛生課は豚熱や口蹄疫対策で放牧を制限する海外の事例も把握せず、基準案を提示したという。

 専門家らで組織し、基準案を審議する牛豚等疾病小委員会の委員から、家畜伝染病に対し放牧は危険だといった意見はなかった。ただ舎内飼育も含め屋外を歩かせるリスクについて指摘があり、「舎外での飼養中止」を同省の判断で基準案に盛り込んだとする。

 全頭収容する畜舎などの確保が全国で義務化されれば、牛や豚、ヤギなどで放牧を進める農家の相当数に影響すると想定される。しかし同省は「影響を受ける農家数は全体的に把握していない」と説明する。

 放牧農家への影響調査や事前の意見聴取もせず、同省は基準案を5月13日にホームページに掲載した。放牧制限の理由は、牛などで「野生動物での家畜伝染病の感染確認による発生リスクの高まりへの追加措置」といった説明を記すにとどまる。

 同省はこれまで生産コストの削減や飼料自給率の向上、耕作放棄地の減少、地域の景観維持、アニマルウエルフェア(快適性に配慮した家畜の飼養管理)といった意義を踏まえ、放牧を推進してきた。決定の前に、放牧の意義と制限が必要な科学的根拠と効果、放牧農家への影響などを精査する必要がある。

 特に放牧が事実上禁止される養豚農家の間には、経営が根底から覆されるとの不安が広がる。一方で、畜舎で飼養する養豚農家の中には、野生動物との接触リスクが高い放牧豚を不安視する声もある。豚熱対策では、農家からは「現場軽視」の批判が常にある。両者が安心して経営と衛生管理に取り組める最適な答えを導き出すべきだ。
 

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