[農と食のこれから 人手不足の産地 1]<実習生来ぬ春 群馬県嬬恋村 下> 「働かせて」悲痛な叫び

電話応対に追われた橋詰さん。「全てが手探りで、泥縄でした」と振り返った(群馬県嬬恋村で=釜江紗英写す)

 新型コロナウイルス禍に伴う政府の入国規制で、外国人技能実習生221人が来日できなくなった群馬県嬬恋村。嬬恋キャベツ振興事業協同組合事務局長の橋詰元良さん(57)は、これを補完するための人探しに追われた一方で、仕事を失った人々の悲痛な叫びを聞いた。

 「工場から派遣(社員)契約を切られた。会社の寮から出ていかなくてはならず、住む所もない。すぐにでも嬬恋で働きたい」。4月中旬、切羽詰まった若い男性の声で協同組合の事務所にかかってきた電話は大阪の市外局番だった。
 

コロナ禍で求職相次ぐ


 人手不足を解消するため、「商系」農家でつくる協同組合や「系統」農家のJA嬬恋村、村観光協会、村商工会が「農家の仕事を紹介します」と記したちらしを作ったのは、東京都など7都府県で緊急事態宣言が出された4月7日だった。県境をまたぐ移動が控えられ、村内のホテルや旅館の休業状態が決定的となり、仕事を休まざるを得ない従業員らに農家で働いてもらおうと考えたのだ。

 ところが、農家の紹介が「職業あっせん」と解釈されれば職業安定法に抵触しかねないとの指摘があった。調べると、協同組合の定款を変更すれば限定的にできると分かったが、手続きに時間も必要だった。橋詰さんは東京の専門家に問い合わせ、「農家支援なら問題ない」との見解を得て、ちらしの問い合わせ先を協同組合にした。

 同村では感染者ゼロが続く。村外から不特定多数が来ればウイルスが持ち込まれる恐れがあったため、ちらしの配布先を村内に限った。ところが電話は北海道から九州まで全国からかかってきた。ちらしを見た村民が善意からインターネット交流サイト(SNS)に投稿し、拡散され、コロナ禍で職を失った人々の目に留まったのだ。
 

県外の電話鳴りやまず


 岡山に住む派遣社員の30代シングルマザーは「契約を切られてお金がない。育児があるので土日だけでも農家で働かせて」と望んだ。岩手のタクシー運転手は「乗客がおらず、収入がない。実家が農家だったから心得はある」と願った。受話器を置けば電話が鳴り、トイレにも立てなかった。

 橋詰さんは勤務時間を終えた後、携帯電話に転送して自宅でも問い合わせに応じた。「1万人を超える派遣社員らが契約を解除されたというニュースを見たが、一人一人の状況がこれほど深刻だとは想像できなかった」。橋詰さんは、県外の求職者には「全国の農家が今、人手不足で困っている。お住まいの近くで見つかるかもしれない」と励まし、農業求人サイトなどを伝えた。

 5月の連休を過ぎた頃、休業状態となった村内のホテル従業員らの申し出などから、人手不足は解消に向かい始めた。その対応に追われながら、橋詰さんは、幾多の人が「働きたい」と望んだ農業の意義を考え、求人と求職がかみ合わなかったコロナ禍の皮肉を呪い、電話をかけてきた派遣社員たちがどこかで働けていることを祈った。(栗田慎一)
 

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