[農と食のこれから 新たな日常](下) 休業続いた観光果樹園 SNSで心の“交流”

キャンセルの連絡票が積み重なった4月、矢萩さんは「この状況でできること」を考えた(山形県天童市で)

 営業を再開して10日が過ぎた8月21日、山形県天童市の観光果樹園「王将果樹園」に客の姿はまばらだった。3代目代表の矢萩美智さん(44)が、事務所に保管していた厚さ2センチ近くの紙束を手にした。4月7日の政府による最初の緊急事態宣言以降、首都圏を中心とした予約客から送られてきたキャンセル連絡票の束だ。

 約10ヘクタールの面積を持つ同園は、国内最大のサクランボ産地・山形で最も集客力のある観光農園の一つだ。だが新型コロナウイルス禍は、サクランボシーズンを狙い撃ちし、観光客の姿は消えた。「このまま開けていても意味がない」と休業に踏み切ったのは、全国に宣言が拡大された4月下旬だった。

 ところが今、紙束を繰る矢萩さんの表情に暗さはない。「毎日が驚きと気付きの連続でした」。そう語り、休業から営業再開までの4カ月近くを振り返った。

 休業を決めた時、園には創業50年にわたる顧客1万人分の名簿があることを思い出した。そこには住所と電話番号が、近年はメールアドレスやインターネット交流サイト(SNS)のアカウントがあった。

 観光客を迎えられない中でダイレクトメールやネット通販に力を入れようとした時、それはまるで「宝の山」を見つけた気分になった。PRには「あたかも果樹園で好きな果物を摘むように」と、来園をイメージしてもらう言葉を考えた。同時に、SNSのツイッターなどを通じて思いを発信する回数を増やした。

 サクランボは来園者が来なくても成長するから、管理も必要になる。毎日の仕事ぶりを書き込むと、「暑くないですか?」と心配してくれる人がいた。「灼熱(しゃくねつ)の中でやってます」と答えると、応援の声であふれた。「生育の悪い木には小まめに水をやります」と伝えると、「まるでサクランボのお医者さんですね」と共感の輪が広がった。

 SNSのフォロワーは1800人近くとなり、休業で失うと思っていた客との関係が逆に深まったと感じた。
 

地域との絆が勇気に


 山形県天童市の観光果樹園「王将果樹園」の3代目代表、矢萩美智さん(44)が休業中の7月12日にサクランボシーズンを終えた時、ツイッターには「おつかれさまでした」とねぎらいの言葉があふれた。自分より大変な人がいるはずなのに、心遣いが胸にしみた。「不安いっぱいでこんなふうになるとは想像できなかった。苦しかったけど毎日が新鮮でわくわくでした」。矢萩さんは正直な気持ちを書き込んだ。

 

客のいない果樹園で「ラ・フランス」の手入れをする矢萩さん(左)とスタッフ(山形県天童市で)
 驚いたのは、この間、休業に伴う損失を埋めるほどサクランボの注文が殺到したことだった。感謝したのは、休業した市内にある旅館の従業員たちが「観光客が戻ってきた時、果物狩りの魅力をうまく伝えられるから」と気持ちよく収穫を支えてくれたことだった。

 営業していれば来園客が実を摘み取るから、収穫作業の負担は少ない。人手がいつも以上に必要になると気付いた休業前、天童市の温泉旅館等で組織する旅行会社「DMC天童温泉」の鈴木誠人さん(30)に依頼し、旅館に籍を置いたまま副業として園で働いてもらえないかと打診していた。

 そして、うれしかったのは、県内のサクランボ農家の多くが緊急事態宣言下の困難を乗り切り、売り上げも前年同期より伸ばしたことだった。山形県によると、収穫を支える「さくらんぼ産地サポーター」の登録企業は今年、前年より23社増の72社と過去最多だった。シーズン中の市場出荷などを含む販売金額も6%増え、ふるさと納税によるサクランボ返礼品の取扱量は4割近く伸びた。

 矢萩さんの4カ月は、コロナ禍に向き合う地域と共に歩んだ月日だった。来園者がいない苦しい胸の内を隠さず、サクランボや山形の魅力を発信し続け、客をより身近に感じ、地域の人との絆も深まった。

 王将果樹園は10月、洋梨「ラ・フランス」のシーズンを迎える。しかし、首都圏からの観光客は当面戻らないだろう。だが、矢萩さんは「観光はいずれ復活する」と悲観していない。従来の顧客と、新たにSNSなどを通じてつながった人々、そして、共に危機を乗り越えた地域の人との信頼が、コロナ禍の日常に向き合う勇気となった。(音道洋範)
 

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