[未来人材] 37歳。ユズ「鬼北の香里」苗木 県内で唯一栽培 供給担い産地支える 愛媛県松野町 毛利憲幸さん

「今でもユズの接ぎ木が終わったら、福岡の苗木業者で勉強をする」という毛利さん(愛媛県松野町で)

 愛媛県松野町の毛利憲幸さん(37)は、高齢化が進むユズ産地を苗木栽培で支える。中でも、在来種に比べてとげが少なく収穫しやすい品種「鬼北の香里(かおり)」を県内で唯一生産する。就農前の研修で農業に対する姿勢を学んだ「原点」の苗木生産に打ち込む。

 宮崎県の大学を卒業後、父の花木栽培を継ぐため、福岡県の苗木業者で1年3カ月の研修をした。

 研修は接ぎ木用の刃物研ぎから始まった。「農業に関係のあることなのか」と疑問に思ったが、言われるがままに刃物を毎日研ぎ続けた。「刃物研ぎも、一人前になるには10年かかる」。ある時、先輩に言われた職人気質の言葉に引かれた。「今思えば、基礎を大切にする姿勢を学んだ」と振り返る。

 その後、親元で就農。加工品などが増えて注目が集まっていたユズは、経営の柱になると感じた。ただ、父は花木の生産に力を入れており、ユズの栽培面積は50アールほどだった。2人目の子どもが生まれた当時、30歳を過ぎていたが、自身の農業収入は200万円に届かなかった。将来の不安もあって「農業をやめて働きに出ようか」と悩んだ。

 研修で世話になった苗木業者の社長に電話で悩みを打ち明けた。「そういう時期もあったよ。最後に決めるのは自分自身だけど」。その言葉に肩の荷が下りたような気がした。改めて農業と向き合うため「自分の責任で農業をやろう」と決めた。

 電話をした直後からユズの栽培面積を広げ、研修で学んだ技術を生かすため、苗木作りにも本腰を入れた。当初は花木生産を継いでほしかった父と衝突することもあったが、県の普及員らの後押しもあり、今では加工用を含めユズは2ヘクタール超まで広がった。

 収益の半分を占めるのは年間8000本を定植する苗木の販売。他の農家の経営を左右するため妥協は許されない。プレッシャーはあるが、地域のために広げたいのが、とげが少なく収穫しやすい「鬼北の香里」だ。

 今でも接ぎ木シーズンの4月中旬には、苗木作りを始めた頃に買った刃物を研ぐ。「苗木作りが自身の原点。満足できる商品だけを作り続けたい」

*農のひととき 

 週に2回、公民館で空手をしている。収穫繁忙期で疲れている時もなるべく通う。妻、長男、次男の4人で参加。自宅の母屋を改装し、パンチングマシンを設置した。

 ユズ、花木の他、ナバナなども栽培。作業に追われるので「体を動かすとリフレッシュになる」。

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