倉田真由美さん(漫画家) 祭りで出合った奇跡の味

倉田真由美さん

 10年以上前のことでしょうか。私が福岡出身ということで、福岡県の山間部の村から講演の仕事を受けました。

 ちょうどその時に祭りをやっていたので、行ってみたんです。小さな祭りでした。県外の人が観光で来るようなものではなく、村の中の人がたくさん集まって楽しむといった感じのものです。

 出店もありましたが、的屋が来てやるのではなく、地元の人たちが、おにぎりや豚汁を出していました。そんな中に、イノシシのスペアリブを出す店があったんです。

 その土地の猟師が捕ったイノシシを炭火で焼いて、ダイコンとニンジンのぬか漬けと一緒に出してくれていました。

 これが、人生で食べた肉で一番おいしかった。もう、ミラクルにおいしかったんです。

 私は昔、『課長島耕作』の弘兼憲史さんと一緒に、ものすごく高いレストランを食べ歩くという企画をやったことがあるんですよ。銀座の高級すしとか、マツタケで肉が見えなくなってしまうようなすき焼きとか、1人当たり5万円のステーキとか。
 

イノシシに感動


 でもどんな料理だって、あそこでいただいたイノシシ肉にはかなわない。しかも添えのぬか漬けもおいしいの、なんの。よくぞこの肉にこのぬか漬けを合わせてくれました! と感動する組み合わせ。たぶん猟師の奥さんが漬けていらっしゃるんでしょうね。

 この手の祭りでは、意外とおいしい豚汁やなかなかいい感じのカレーに出合うことはありますよね。でも人生の一番に出合うなんて。プラスチックの容器に割り箸で食べたんですけども。

 私は普段、料理の写真は撮らないんですけど、その時だけは撮りました。忘れないように、と。

 この祭りは、ほとんど告知していないんです。そんなこともあって、それ以来、行けてなくて。

 行ったからといって、あの屋台が出ているとも限りません。また、野生動物は個体によってかなり味が違うそうです。私があの時にあの味に出合えたのは、本当に奇跡のようなものなんですよね。

 私の出身は福岡でも海に近い方なので、素晴らしい魚を食べて育ちました。山間部ではあんなにもおいしいジビエ(野生鳥獣の肉)があると知り、福岡ってすごいと感じたものです。

 祭りでいただいたぬか漬けがおいしかったので、自分でも作ってみようと決意。2年前に友だちから菌を譲ってもらったのを機に、自宅で漬けるようになりました。

 ぬか漬けってカブがメジャーだと思いますが、私はあそこで食べた味の刷り込みがあるので、主にダイコンを漬けました。
 

ぬか床が駄目に


 菌が育ってくれたおかげで、始めた頃よりもおいしくなってきて、とてもうれしく思っていたんですけど……。今年、コロナのためにぬか床が駄目になってしまいました。

 福岡に仕事に行ったんですけど、移動制限で飛行機に乗れず、帰れなくなっちゃったんです。2カ月も閉じ込められてしまいました。ようやく家に帰って冷蔵庫の中のぬか床を見て……。

 まだショックから立ち直れません。大事なペットを失ったのと似たような気持ちですね。乳酸菌は大事な生き物。それを死なせてしまったという気持ちが強くて。「じゃあ、また別のぬか床で」という気持ちにはなれません。ぬか漬け作りを始めるのには、まだまだ時間がかかりそうな気がします。(聞き手=菊地武顕)

 くらた・まゆみ 1971年福岡県生まれ。一橋大学卒業後、自身の就職失敗を元にした作品でヤングマガジンギャグ大賞を受賞し、漫画家デビュー。2000年から「SPA!」で連載された「だめんず・うぉ~か~」でブレイクした。新聞・雑誌・テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍。愛称は「くらたま」。
 

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