コロナ禍の食と農三つの革命で道開け ナチュラルアート代表 鈴木誠
2021年01月11日

鈴木誠氏
今、コロナ禍にある日本は、産業政策と食料安全保障の両面から、官民挙げた1次産業強化が待ったなしの局面を迎えている。現代は情報通信技術(ICT)や人工知能(AI)中心の第4次産業革命といわれるが、これからは食料問題中心の第5次産業革命へ移行すべきだ。
今年もわれわれは、コロナと気象変動に強い制約を受ける。現実を受け止め、マイナス面を超える新たな付加価値創造が必要だ。
創造的破壊は、まずは過去の破壊から始まる。昨年のコロナは、まさに社会を破壊したのだから、今年は創造の年になる。国内1次産業再構築の大命題は、「生産性向上」だ。さもなければ、競争優位性を確保できず、所得は増えず、産業はさらに衰退し、国力は低下する。生産性向上には「DX(デジタル)革命」「脱炭素革命」「物流・サプライチェーン革命」と、三つの革命が成長エンジンだ。
1次産業は、他産業に比して遅れているDX革命が、逆に期待の星だ。業界や地方が抱える人手不足問題を解消し、経験・勘・思いこみに依存した経営スタイルから脱却し、科学的経営に移行する。
脱炭素革命はエネルギー革命だ。1次産業は化石燃料の依存度が高く、高コストかつ二酸化炭素(CO2)の問題を抱えている。太陽光など、再生可能エネルギーの普及・拡大はもちろんのこと、ウオーターカーテン方式や高度化した断熱シート、エネルギーの無駄遣い対策の熱交換システムなど、脱化石燃料が進みつつある。災害等緊急事態への事業継続計画(BCP)対策も忘れてはいけない。
物流・サプライチェーン革命もCO2問題をはじめ、ドライバー不足、低積載効率、車両・運賃等高コスト問題など、早急に対応が必要だ。物流センターはハブ&スポーク方式とし、全国主要地域に大型拠点物流センターを再整備し、それに連なる中小集荷センターを各地に配置することだ。
そのためには、卸売市場の自己構造改革、あるいは物流事業者や総合商社などの新規参入を含め、選択肢は複数ある。現状縦割りのサプライチェーンは、売り手と買い手が協調する一体改革が求められる。
その他、栽培や養殖などの生産技術向上も、生産性向上には欠かせない。植物の栽培技術向上の起爆剤として、「バイオスティミュラント」が注目されている。
バイオスティミュラントは、海外では欧州連合(EU)を中心に急拡大しているものの、国内ではまだ緒に就いたばかりだ。これまでのように化学農薬や化学肥料で、過保護に植物を育てるのではなく、植物そのものの免疫力を高め健康にする栽培だ。日本は、化学農薬大国からそろそろ卒業する必要がある。植物が健康になれば、収量が増え、食味は良くなり、機能性(栄養価)は向上し、結果として生産者所得は向上する。
これまで幾多の試練を乗り越えた日本の真価が、いま改めて問われている。
すずき・まこと 1966年青森市生まれ。慶応義塾大学卒、東洋信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)を経て、慶大大学院でMBA取得。2003年に(株)ナチュラルアート設立。著書に『脱サラ農業で年商110億円!元銀行マンの挑戦』など。
今年もわれわれは、コロナと気象変動に強い制約を受ける。現実を受け止め、マイナス面を超える新たな付加価値創造が必要だ。
DX、脱炭素…
創造的破壊は、まずは過去の破壊から始まる。昨年のコロナは、まさに社会を破壊したのだから、今年は創造の年になる。国内1次産業再構築の大命題は、「生産性向上」だ。さもなければ、競争優位性を確保できず、所得は増えず、産業はさらに衰退し、国力は低下する。生産性向上には「DX(デジタル)革命」「脱炭素革命」「物流・サプライチェーン革命」と、三つの革命が成長エンジンだ。
1次産業は、他産業に比して遅れているDX革命が、逆に期待の星だ。業界や地方が抱える人手不足問題を解消し、経験・勘・思いこみに依存した経営スタイルから脱却し、科学的経営に移行する。
脱炭素革命はエネルギー革命だ。1次産業は化石燃料の依存度が高く、高コストかつ二酸化炭素(CO2)の問題を抱えている。太陽光など、再生可能エネルギーの普及・拡大はもちろんのこと、ウオーターカーテン方式や高度化した断熱シート、エネルギーの無駄遣い対策の熱交換システムなど、脱化石燃料が進みつつある。災害等緊急事態への事業継続計画(BCP)対策も忘れてはいけない。
物流・サプライチェーン革命もCO2問題をはじめ、ドライバー不足、低積載効率、車両・運賃等高コスト問題など、早急に対応が必要だ。物流センターはハブ&スポーク方式とし、全国主要地域に大型拠点物流センターを再整備し、それに連なる中小集荷センターを各地に配置することだ。
そのためには、卸売市場の自己構造改革、あるいは物流事業者や総合商社などの新規参入を含め、選択肢は複数ある。現状縦割りのサプライチェーンは、売り手と買い手が協調する一体改革が求められる。
栽培技術向上も
その他、栽培や養殖などの生産技術向上も、生産性向上には欠かせない。植物の栽培技術向上の起爆剤として、「バイオスティミュラント」が注目されている。
バイオスティミュラントは、海外では欧州連合(EU)を中心に急拡大しているものの、国内ではまだ緒に就いたばかりだ。これまでのように化学農薬や化学肥料で、過保護に植物を育てるのではなく、植物そのものの免疫力を高め健康にする栽培だ。日本は、化学農薬大国からそろそろ卒業する必要がある。植物が健康になれば、収量が増え、食味は良くなり、機能性(栄養価)は向上し、結果として生産者所得は向上する。
これまで幾多の試練を乗り越えた日本の真価が、いま改めて問われている。
すずき・まこと 1966年青森市生まれ。慶応義塾大学卒、東洋信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)を経て、慶大大学院でMBA取得。2003年に(株)ナチュラルアート設立。著書に『脱サラ農業で年商110億円!元銀行マンの挑戦』など。
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新型コロナウイルス下でも、参加者同士が気軽に会話できる情報交換会を──。農林中央金庫は26、27の両日、デジタル技術を活用したローン専任担当者情報交換会をオンラインで開く。映像配信ではなく、参加者それぞれが画面上で人型のキャラクターとなって動ける機能を用意。交流したい他の参加者に近づき話し掛けるなど、集合開催に近い体験を追求する。
JAグループではコロナ対策として、多くの会議をオンライン化。……
2021年01月25日

リンゴ枝折れ前にドローンで空から発見 優先度判断し雪害減 長野
長野県中野市で果樹を栽培する三井透さん(34)は、大雪が降った後の園地をドローン(小型無人飛行機)で上空から確認し、除雪する場所の優先順位を決めている。徒歩で片道30分かかっていた確認作業が5、6分に短縮できた。枝が折れそうな園地を優先して除雪し、被害の軽減に役立てている。
三井さんは就農6年目で、桃やリンゴ、プラムなどを約2ヘクタールで栽培する。規模を拡大する中、園地の見回りを効率化しようと、3年前からドローンの活用を始めた。冬は雪が積もると河川敷の園地に車で近づけず、かんじきなどを履いて歩く必要があった。
12月や2月など気温が高い時期に大雪が降ると、雪が水分を多く含み重くなる。果樹に積もった雪が解けて、既に積もっている地上の雪にくっつくと、枝が引っ張られて折れやすい。
2020年12月中旬の大雪では、10本の木で主枝が折れた。三井さんは「ほんの数十分でも対処が遅れたら、ばきばきと折れてしまう」と説明。折れてしまった枝は戻らないが、折れそうな木から優先的に除雪すれば、被害を減らせる。
ドローンは撮影用のものを使った。雪がやんだら上空から動画を撮り、枝折れの程度を確認する。木の生産性などを考慮し、作業する園地の優先順位を決めた。
三井さんは「助けられる木が増えた」と効果を実感する。確認にかかる労力も削減できた。改植が必要な木も把握でき、苗木の注文もスムーズになる。今後は大きなドローンを使い、枝に積もった雪を風圧で落とす方法も考えているという。
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2021年01月25日
熟練猟師が担い手育成 ペーパー狩猟者に同行 環境省、制度化へ
環境省は、狩猟の担い手不足の改善を狙い、2021年度から「狩猟インストラクター制度」の構築に乗り出す。有害鳥獣としての捕獲数の増加や人や農作物への被害に歯止めがかからない中、熟練者が現場に同行して経験や技術を教える仕組みを想定。鳥獣害管理に携わる人材育成に向けて、複数県で試行後、全国規模の制度として展開する方針だ。
同省によると全国の狩猟者免許所持者数は16年時点で20万人。……
2021年01月26日
「飄風不終朝(ひょうふうはちょうをおえず) 驟雨不終日(しゅううはひをおえず)」
「飄風不終朝(ひょうふうはちょうをおえず) 驟雨不終日(しゅううはひをおえず)」。〈強い風は一晩中は吹かず にわか雨は一日中は続かない〉。老子の言葉は、苦境にある人を慰める▼きょう命日の小説家藤沢周平さんが、生前、友人への色紙に書いた。自身波乱の人生だった。肺結核で中学校教諭を2年で辞め、「私の長い不運な歳月のそれがはじまりだった」と『半生の記』に書いている。闘病後、業界紙を転々。先妻を失い、生後8カ月の娘との生活が残された。習作の時を経て、「溟(くら)い海」で作家デビューした。苦節は20年に及ぶ▼農業の近代化を気に掛けていた。日本加工食品新聞で担当したコラム『甘味辛味』に、こんな一節がある。「恐らく農業ほど、化学薬品の恩恵を大きく受けたものは他にないだろう。米に限らず畑作物もそうである。ただし、田圃(たんぼ)の地味がやせ、畑作物も昔の旨味(うまみ)はない」。この味覚に、スマート農業はどう応えるか▼今冬、日本海側は思わぬ大雪となった。地球温暖化でも、降る時はどか雪になるから、油断できない。重い上に、久しぶりの除雪作業に感覚が狂って思わぬことでけがをする。ハウスや樹枝の除雪には、細心の注意が欠かせない▼新型コロナと大雪との二重苦である。いくら多い雪でも、必ず春には消える。さしずめ“豪雪不終年”ということか。
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2021年01月26日

厄介者「カヤの実」 ナッツ、食用油 人気加工品に 伐採「待った」 奈良県曽爾村
奈良県曽爾村は、村に群生するカヤの実を資源として見直し、地域活性化につなげる。ナッツや食用油など全国から注文が集まる加工品を相次いで開発。実の回収や加工で村に新たな仕事を生み出し、食べ方などの伝承を通して村民の交流も促す。かつて道を油だらけにしていた厄介者の実を、地域振興の“潤滑油”として生まれ変わらせた。
「いってカリカリのおやつにして食べるのが、子どもの時は大好きだった」。……
2021年01月22日
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菅政権の地方重視 美辞麗句では動かぬ 早稲田大学大学院教授 片山善博
菅義偉首相は就任時に、自分が「雪深い秋田の農家」の生まれであることを強調した。それもあったのか、マスコミも世間も、今度の首相は農村出身だから地方を重視する、農業にもこれまで以上に力を入れると予想したり、期待したりした。
内容乏しい演説
その予想や期待が当たっているかどうかを判定するリトマス試験紙ともいえる貴重な機会が、先の通常国会における首相の施政方針演説だった。かく言う筆者は岡山の兼業農家の生まれである。雪こそ降らないがイノシシなどの有害鳥獣に悩まされる地域だ。また、農業を主要産業とする鳥取県で知事を務めたこともあるので、地方や農業に対する首相の姿勢はどんなものかと、興味と関心を持って施政方針演説を聞いた。
残念ながら、演説を聞く限り、先の予測や期待は外れという他ない。まず農業についての言及は、分量がとても少ない上に、内容が至って貧弱である。触れていることのほとんどは農産品の輸出に関することだ。
輸出拡大一辺倒
このところ農産品の輸出額が増えている。これをさらに伸ばして2030年には5兆円の目標を達成させたい。そのため牛肉やイチゴなどの重点品目を選定し、産地を支援するという。農業政策についての具体的な内容はほぼこれに尽きる。
確かに農産品の輸出は重要なことである。筆者も鳥取県知事時代に梨「二十世紀」などの輸出促進と販路拡大に取り組んだ。その経験を通じて、農産品の輸出が日本の農業の一つの可能性を開くものであることは理解している。
ただ、わが国の農業の現実は、農産品輸出の明るい話題で語り尽くされるほど単純でもなければ容易でもない。それぐらいのことは農業や農村のことを真剣に考えている人には分かり切ったことである。
また、農業についての最後のくだりで「美しく豊かな農山漁村を守ります」と述べていた。もとよりそれに異存はない。肝心なことは、ではそれをどうやって実現するのかということなのだが、その説明がないのは単に美辞麗句を添えただけとしか思えない。一体どれほどの人がこの言葉に共感を覚えただろうか。
地方に関しては、観光立国の一環として登場するぐらいの小さな扱いでしかない。それ以外には、テレワークの環境を整えることによって、地方への人の流れを生み出す。地方への移住を希望する人には支援するなど、個別断片的な施策の紹介はあるものの、視野の広い地方政策は見当たらない。
菅政権は安倍政権を引き継いだという。ただ、それにしては前政権から始まった地方創生について一言も触れられていないことが気に掛かる。以上、どうやら施政方針演説の内容と「雪深い秋田の農家」の生まれとの間にはほとんど関係がなさそうだというのが筆者の見立てである。
かたやま・よしひろ 1951年岡山市生まれ。東京大学法学部卒、自治省に入省し、固定資産税課長などを経て鳥取県知事、総務大臣を歴任。慶応義塾大学教授を経て2017年4月から現職。著書『知事の真贋』(文春新書)。
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2021年01月25日

コロナ禍の表裏 恐れず好機見いだせ 日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介
久しぶりに台風が上陸しなかった昨年。洪水や土砂崩れの被害は、8月以降は避けることができた。しかし、3シーズンぶりに雪が多いこの冬、今度は雪害が心配だ。
とはいえ、この降水量の多さこそ日本の緑と実りが世界の中でも特に豊かな理由でもある。例えば、豪州では、日本の20倍の面積に日本の5分の1の人口しか住んでいないが、慢性的に水が不足している。地下水を過剰にくみ上げて行われる同国の農業も、いつまで安価大量生産を続けられるか疑問だ。
過剰反応は禁物
このように、利点と弱点は表裏一体だ。引き続くコロナ禍に関しても、同じことが言える。前提として、このウイルスは根絶できないことを理解したい。
この冬、インフルエンザの感染者はほぼゼロだが、インフルエンザウイルスがこれで根絶されたりはしない。仮に新型コロナの感染が収束しても同じことだ。これまで見事に感染を抑えてきた国・地域、例えば台湾、インドシナ諸国、ニュージーランドなどでは、免疫ができていない分、油断すればいつでも感染爆発が起きかねない。それに対し、感染抑止に失敗した米欧の多くの国で、危機感の高さから副作用を辞さずワクチン接種が進めば、事態が先に好転する可能性もある。
前回(2020年6月)寄稿した「論点」で筆者は、いったん感染が収まっていたことを背景に「コロナ禍はパンデミックではなくインフォデミック(恐怖心の感染)だ」と書いた。その後2度にわたって感染の再拡大が起きているが、「東京の今日の感染者は〇〇人」とあおるテレビを見て、皆さんはどうお感じだろうか。多くの地方、特に農山漁村においては、生活の実態に特に変化はないままなのではないか。
日本における死者数は、前回寄稿時の4倍以上に増えたが、人口当たりの水準では米国の37分の1、欧州連合(EU)諸国の30分の1だ。絶対数でいえば、年間の交通事故死者数と同レベルで、19年のインフルエンザによる死者数(関連死含む)の半分弱、がんによる死亡者の100分の1強である。しかもその3分の2が首都圏と愛知県と京阪神の8都府県の在住者で、農山漁村のほとんどで死者は出ていない。
交通事故は極めて重大な問題で、一件でも減らす努力が必要だが、かといって通勤通学を禁止し経済を止めるべきではない。新型コロナの脅威にも、交通事故と同じレベルで用心し対処すべきだ。具体的にはマスクを外しての他人同士の会話・会食は当面避けるべきだが、怖がって家に閉じこもることもない。
人手不足解消へ
コロナの農業への影響で本当に深刻なのは、外国人技能実習制度の機能不全化だろう。であれば今年は、飲食店などで職を失った都会の若者を試用するチャンスではないだろうか。少子化は中韓台でも急速に進んでおり、農業の人手不足は今後とも深刻化する一方だ。
日本人の人件費を払える事業体に変化しなければ、どのみち生き残れない時代が来る。農協あるいは農業法人の協議体が、集団で取り組んではいかがだろう。
もたに・こうすけ 1964年山口県出身。米国コロンビア大学ビジネススクール留学。2012年から現職。平成大合併前の全市町村や海外90カ国を自費訪問し、地域振興や人口成熟問題を研究。近著に『進化する里山資本主義』など。
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2021年01月18日

コロナ禍の食と農三つの革命で道開け ナチュラルアート代表 鈴木誠
今、コロナ禍にある日本は、産業政策と食料安全保障の両面から、官民挙げた1次産業強化が待ったなしの局面を迎えている。現代は情報通信技術(ICT)や人工知能(AI)中心の第4次産業革命といわれるが、これからは食料問題中心の第5次産業革命へ移行すべきだ。
今年もわれわれは、コロナと気象変動に強い制約を受ける。現実を受け止め、マイナス面を超える新たな付加価値創造が必要だ。
DX、脱炭素…
創造的破壊は、まずは過去の破壊から始まる。昨年のコロナは、まさに社会を破壊したのだから、今年は創造の年になる。国内1次産業再構築の大命題は、「生産性向上」だ。さもなければ、競争優位性を確保できず、所得は増えず、産業はさらに衰退し、国力は低下する。生産性向上には「DX(デジタル)革命」「脱炭素革命」「物流・サプライチェーン革命」と、三つの革命が成長エンジンだ。
1次産業は、他産業に比して遅れているDX革命が、逆に期待の星だ。業界や地方が抱える人手不足問題を解消し、経験・勘・思いこみに依存した経営スタイルから脱却し、科学的経営に移行する。
脱炭素革命はエネルギー革命だ。1次産業は化石燃料の依存度が高く、高コストかつ二酸化炭素(CO2)の問題を抱えている。太陽光など、再生可能エネルギーの普及・拡大はもちろんのこと、ウオーターカーテン方式や高度化した断熱シート、エネルギーの無駄遣い対策の熱交換システムなど、脱化石燃料が進みつつある。災害等緊急事態への事業継続計画(BCP)対策も忘れてはいけない。
物流・サプライチェーン革命もCO2問題をはじめ、ドライバー不足、低積載効率、車両・運賃等高コスト問題など、早急に対応が必要だ。物流センターはハブ&スポーク方式とし、全国主要地域に大型拠点物流センターを再整備し、それに連なる中小集荷センターを各地に配置することだ。
そのためには、卸売市場の自己構造改革、あるいは物流事業者や総合商社などの新規参入を含め、選択肢は複数ある。現状縦割りのサプライチェーンは、売り手と買い手が協調する一体改革が求められる。
栽培技術向上も
その他、栽培や養殖などの生産技術向上も、生産性向上には欠かせない。植物の栽培技術向上の起爆剤として、「バイオスティミュラント」が注目されている。
バイオスティミュラントは、海外では欧州連合(EU)を中心に急拡大しているものの、国内ではまだ緒に就いたばかりだ。これまでのように化学農薬や化学肥料で、過保護に植物を育てるのではなく、植物そのものの免疫力を高め健康にする栽培だ。日本は、化学農薬大国からそろそろ卒業する必要がある。植物が健康になれば、収量が増え、食味は良くなり、機能性(栄養価)は向上し、結果として生産者所得は向上する。
これまで幾多の試練を乗り越えた日本の真価が、いま改めて問われている。
すずき・まこと 1966年青森市生まれ。慶応義塾大学卒、東洋信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)を経て、慶大大学院でMBA取得。2003年に(株)ナチュラルアート設立。著書に『脱サラ農業で年商110億円!元銀行マンの挑戦』など。
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2021年01月11日

物よりも仕事 働く喜び語れてこそ 百姓・思想家 宇根豊
西日本では近年、トビイロウンカの大発生が相次いでいる。昨年は東北まで被害が及んだ。この事態の真因を考えてみよう。
語られない本質
「こんなに増えていたとは気付かなかった」「農薬かけてたから安心していた」と答える百姓が多い。言うまでもなく、害虫の発生は水田一枚ごとに異なる。枯れた田んぼの隣で何ともない田んぼも多い。指導機関の「発生情報」は、一枚一枚の状況までは教えてくれない。
「農家なら、自ら観察して判断する技術を身に付けているはずでしょう」と消費者から言われ、「もちろん」と答えられる百姓が10%もいるだろうか。1978年から「虫見板」を活用した減農薬稲作を広めてきた私は、とても憂鬱(ゆううつ)だ。「やはりドローン(小型無人飛行機)で観察して防除を判断する技術開発が必要ですね」と言われてしまうと情けない。被害面積や被害額がクローズアップされる半面、技術の担い手である百姓のまなざしに踏み込む議論は全く聞こえてこない。百姓の仕事の内実は、相当な危機にひんしているのではないだろうか。
この問題は百姓にとどまらず、他産業の労働にも通じる。仕事の喜び、充実感、生きがいよりもその結果である生産物の品質や価格、報酬額、労働時間ばかりが雄弁に語られるようになった。
この風潮が怖いのは、「同じ作物なら誰が生産してもいい」ことになるからだ。地元産や国産である必要もなければ、仕事をするのはロボットでも構わない。スマート農業を正当化しているのは、こうした思想が根本にある。
人間の仕事とはそういうものだったのだろうか。仮に経済価値の低い生産物であっても、情愛と丹精を込めたものは、いとおしく受け取られてきたはずだ。情愛と丹精を語ることが生産技術や流通から追放され、消費者に届いていないのが現実だ。
新たな労働観を
確かに、昔から百姓仕事は「大変だ」「苦労ばかり」という語りが多かった。しかし、その苦労は語られない喜びや充実、誇りが土台にあった。草取りで死んでいく草を前にして喜ぶのは気が引ける。まして、生産物を生み出した本体は人間ではなく天地自然なのだからなおさらだ。こうした慎みにも似た姿勢が百姓の仕事の語り方だった。
ところが、労働を「苦役」とみる西洋の価値観が輸入されたことで労働時間は短く、仕事は楽に、報酬は多いことが目標とされ、百姓の仕事は生産物でしか表現できなくなってしまった。
自家採種した種子も、購入種子も同品種ならできるものは同じだろうか。種を採り、保管し、播(ま)く仕事はその作物の“いのち”だけでなく、百姓の思いを引き継ぐことでもある。「買った方が安いから」という言い訳では、仕事の喜びは経済に負けるはずだ。
生産物ではなく、むしろ仕事の喜びを表現し合う習慣を広げようではないか。
うね・ゆたか 1950年長崎県生まれ。農業改良普及員時代の78年から減農薬運動を提唱。「農と自然の研究所」代表。主な著書『日本人にとって自然とはなにか』『百姓学宣言』。2020年12月、『うねゆたかの田んぼの絵本』全5巻(農文協)の刊行を始めた。
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2021年01月04日

温暖化対策 農業技術革新の好機 農中総研客員研究員 田家康
人為的な温室効果ガスの排出を国全体として実質ゼロとするカーボンニュートラルについて、日本政府も先月にようやく重い腰を上げた。革新的なイノベーションを実施することにより、2050年に脱炭素社会を目指すというものだ。
温室効果ガスの排出を続けると、どのような弊害が起きるのだろうか。環境問題や災害発生への懸念だけでなく、農業分野でも影響度を見通した研究発表がなされている。一つ一つ集めてみると、どうも暗い将来像ばかりが目につく。
高まる食料需要
国連食糧農業機関(FAO)のアウトルックから世界全体の穀物生産・消費および備蓄量を見ると、この10年間は生産量と消費量はほぼ見合っており、在庫率は毎年の生産量の3割程度で推移している。足元こそ安定している状況であるが、世界の総人口は2019年の77億人から50年には95億人に増加が見込まれている。さらに発展途上国でも肉食が増加し飼料用穀物への需要も高まることから、生産性を毎年2%程度上げていかないと供給が足りなくなる。ちなみに1998年から2008年の生産性の伸び率は平均で1%程度でしかない。
安全性の議論はあるものの、遺伝子組み換え(GM)技術による収量増加を思い浮かべる向きもあるかもしれない。しかし、研究の最前線の見方では穀物での品種改良は大豆でこそ見込みがあるものの、トウモロコシ、米、小麦は既に限界に来ているようだ。
一方、欧州では過去の気温変動の例から、温暖化の進行で小麦やトウモロコシでかび毒の混入リスクが飛躍的に高まると指摘されている。今世紀後半には、気候変動に伴って米国、豪州、ブラジルなど世界有数の食料生産地域で土壌水分量が激減するとの予想もある。
高軒高、精密…
温暖化問題となるとお先真っ暗な未来ばかりが示されるが、技術革新が求められているのであり、それは農業分野でも言えることだ。注目したいのはオランダやイスラエルの動きだ。
施設園芸においてオランダで開発された高軒高ハウスは、既に先進的な農家で導入されている。ハウス栽培というと地面に苗を植えたイチゴ狩りをイメージしがちだが、こちらは軒高を地面から1メートル以上上げ、生育環境の制御と施設の大規模化を実現した。
イスラエルで開発されている精密農業にも目を向けたい。作物の根の周りを専用トレーで囲み、ここから水と肥料を根に直接送り込む技術だ。水と肥料の消費を半減できるだけでなく、再利用可能なトレーは除草剤の代替にもなるという。本格的に実現すれば、地球温暖化による水不足対策として期待できる。地球温暖化が人類にとって本当に危機であるならば、1万年に及ぶ農業の歴史の中で、かんがい設備や品種改良を実現してきたのと同等の革命が必要だろう。斬新な視点でビジネスチャンスを狙っていきたいものだ。
たんげ・やすし 1959年生まれ。農林中央金庫森林担当部長などを経て、現職。2001年に気象予報士資格を取得し、日本気象予報士会東京支部長。著書は『気候文明史』『気候で読む日本史』など
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2020年12月28日

労協法の成立 協同の可能性共有を 明治大学名誉教授 中川雄一郎
12月4日、参院本会議において「労働者協同組合法」(労協法)が全会一致で成立した。私にとっても待ちに待った法案の成立である。
早速私は「法案概要」を取り出して「第1・目的」と「第2・労働者協同組合」に目を通し、この労協法の根本に「協同労働」という概念が示唆されていることを見て取った。
具体的には、①組合員による出資、②組合員の意見が反映された事業の遂行、③組合員自らが事業に従事することを基本原理とし、多様な就労の機会を創り出す、④地域における多様な希望・要求(需要)に応じた事業を行う、⑤持続可能で活力ある地域社会の実現に資する──である。なお、労協法は届け出れば設立できる「準則主義」であることも付け加えておこう。
役割一層重要に
この法案概要を見て、私は1999年11月に開かれた「労働者協同組合研究 国際フォーラム」での日本労働者協同組合連合会の元理事長、故・菅野正純氏の報告を思い起こした。
「協同の新しい可能性に向かって」と題した報告で、菅野氏は次のように提起した。①協同労働は雇用労働に代わる選択肢である②この選択肢を保障する社会制度を創り出すことの必要性③21世紀を目前にして、労協は組合員の利益のみならず、地域コミュニティーと社会全体の利益を追求する「21世紀型協同組合」としての「新しいワーカーズコープの法制度」を提案し、ボランティアや利用者と共に組合員が協同する協同組合、ハンディキャップを持つ人も組合員となり、労働する主人公になっていく協同組合を目指す④若者たちが人々の共感の中で自分らしい仕事を見いだして自分らしい人生を切り開いていくことへの援助が、これからの時代には重要な課題として労協に求められるだろう。
そして、菅野氏はこの援助のための基金にこう言及した。労協はその「公共的な使命」に対応する「新しい労協財政のあり方」を追求していく。それは、「組合員の営々たる労働のなかで作り出された剰余金、就労創出の積立金、福祉基金、それに教育基金」を組合員だけでなく、地域の他の人々も利用できる「新たな仕事起こしを実践する連帯支援資金」となるだろう。
「労働者本位」へ
菅野氏のこの「労協アイデンティティー」をヘーゲル哲学の「自立した個人は社会で生きる自覚を意識する」人々相互の「承認の必要性」を借りて言えば、人々にとって「労協に対する期待」「労協の果たすべき役割」「労協のなし得ること」とは何であるのかはおのずと明白になっていく、と私はひそかに思っている。その意味でも協同労働は「生活と人間性に不可分な労働」としての「労働者の裁量と自律性」を発揮するのにふさわしい「場」である、と私は確信している。
なかがわ・ゆういちろう 1946年静岡県生まれ。明治大学名誉教授。元日本協同組合学会会長。ロバアト・オウエン協会会長。著書『協同組合のコモン・センス』『協同組合は「未来の創造者」になれるか』(編著)などがある。
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2020年12月21日

菅政権の視点 競争と支援の均衡を 一橋大学大学院教授 中北浩爾
菅義偉政権が成立してから2カ月余りが過ぎた。コロナ対策と経済対策のジレンマにもがきながらも、上々の滑り出しといえる。何よりも内閣支持率が好調だ。NHKの調査によると発足直後の62%が、いったん55%に下がったものの、11月には56%に戻している。
高支持率の理由
菅内閣を支持する理由としては、「人柄が信頼できるから」という回答が多い。自民党では世襲の首相が続いていただけに、秋田の農家出身、横浜市議からのたたき上げというイメージが、プラスに働いている。
また、「政策に期待が持てるから」という理由も少なくない。携帯電話料金の引き下げや、押印の廃止、デジタル庁の設置、不妊治療への保険適用、2050年のカーボンニュートラルなど次々と打ち出している。
政策については、新自由主義という評価が散見される。竹中平蔵元経済財政相をブレーンとしていることが根拠のようだが、必ずしも当たっていない。携帯料金の引き下げを、競争の促進よりも国家の介入によって進めていることは、その証左である。
主義というには一貫性を欠く菅首相の政策の基調の一つは、時流に逆らわない姿勢であろう。デジタル化や温室効果ガスの削減は、世界各国の状況を見る限り、いや応なく進めざるを得ない課題である。ならば、先手を打って推進しようという意図が見受けられる。
もう一つは、庶民にとって分かりやすい政策である。携帯値下げや押印廃止は、その例である。来る総選挙に向けた世論対策という意味合いもあるはずだ。
安全網張れるか
しかし、自助を前面に押し出していることから分かるように、菅首相にとっての庶民とは、頑張って競争する人々のことである。自分自身の経験に基づく人生哲学なのであろう。総務相時代に導入した「ふるさと納税」も、地方を一律に底上げするのではなく、各自治体に創意工夫を求めるものである。
切り捨てられかねないのは、公的支援があって初めて頑張れる人々、さらにいえば、競争の舞台に立つことが難しい人々である。自助を強調する一方で、共助や公助というセーフティーネットをしっかり張れるかが問われている。例えば、中小企業政策である。最低賃金を引き上げることで、生産性が極端に低いゾンビ企業を淘汰(とうた)するのは、方向性としては間違っていない。だが、それを急激に進めれば、雇用不安などが起きかねない。
農政についても同じだ。農産物の輸出拡大は、もちろん大切だ。しかし、それが可能な品目は限られるし、そもそも農業・農村には、食料の安定供給や自然環境の保全など多面的な機能が存在する。共助の組織である農協とも対話しつつ、目配りのよい政策を実施してもらいたい。
なかきた・こうじ 1968年、三重県生まれ。東京大学法学部を卒業後、立教大学法学部教授などを経て、一橋大学大学院社会学研究科教授。政治学が専門。
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2020年12月07日

農業自由化 再考の時 食料安保確立が急務 日本金融財政研究所所長 菊地英博
米大統領選挙で民主党のジョー・バイデン氏の当選が確定しており、同盟国である日本では新政権の政策が注目されている。
対日戦略の変遷
冷戦終了後の米国の対日戦略を見ると、民主党のクリントン大統領は1993年の日本の宮沢喜一首相との合意で日本に対日年次要望書を毎年送り、金融自由化をはじめ具体的な規制緩和を実現させてきた。2001年からの共和党の子ブッシュ大統領の時には、クリントンと同じ新自由主義理念による改革要望であったが「小泉構造改革」として具体化し、特に小さい政府として浸透している。
農業分野を見ると、09年からの民主党のオバマ大統領は日本に環太平洋連携協定(TPP)への加盟を要請してきた。12年12月の衆院選挙で自民党の安倍晋三総裁はTPP加盟反対を掲げて政権に復帰したにもかかわらず、首相に就任すると選挙公約をほごにしてTPP加盟交渉を進め、さらに在日米国商工会議から政府宛ての要望書を基にして農協法の改正を進め、自民党の農政責任者ですら初耳だった内容が政府案に盛られていたといわれている。
農協法やり玉に
論点となった米国からの要望は、①JA全中を廃止し監査部門を分離すること②農協の金融部門と経済部門を分離し、金融部門は金融庁の監督下に置くこと──であり、この狙いは農協組織を自由化し、金融部門を独立させて農協マネーの対外流失を促進することであった。特に米国の意見は「農協マネーは準会員(農業専業者でない会員)のマネーが全体の50%以下でなければならないのに50%超の農協があるのは規定違反だ」という点であった。
しかし、農協の採算は農業部門の赤字を共済事業と金融部門の黒字で補っており、金融部門が分離されると経済事業は成り立たない。これは農業王国である米国やフランスでも同じである。そこで15年2月9日に政府・与党とJA全中は、①全中の農協法への建議事項を廃止し、傘下の農協に対する監査機能を別会社に移す②JAバンクやJA共済などの金融事業に占める准組合員の取り扱いを5年間保留することで合意し、改正農協法が成立した。
今年は農協法改正から5年経過するため、保留となっている金融問題が表面化するであろう。さらに民主党政権になるとカリフォルニア州産の米やウィスコンシン州などの酪農製品の輸入依頼が強まるであろう。しかし日本は米国の政権に左右されることなく、農業保護を主張すべきである。
新型コロナウイルスの教訓は国民生活に必要な生活必需品は国内で生産すべきだということだ。その最たるものが農業であり、主要国の中で食料自給率がカロリーベースで38%と最も低く、備蓄量も少ない日本は、安易な農業自由化を見直し、健全な保護主義を採るべきでないか。
きくち・ひでひろ 1936年生まれ、東京大学教養学部卒、東京銀行(現三菱UFJ銀行)を経て95年から文京女子大学(現文京学院大学)・同大学院教授。2007年から現職、金融庁参与など歴任。近著『新自由主義の自滅』(文春新書、15年)、『米中密約“日本封じ込め”の正体』(ダイヤモンド社、20年)
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2020年11月30日

令和の農業像 先端技術 用途広げよ 北海道大学農学部教授 野口伸
コロナ禍で農業の抱える問題としてよく取り上げられることに、外国人技能実習生の入国制限措置により労働力が確保できないことがある。農業における外国人労働者のうち、9割の約2万8000人が「技能実習生」であり、その数は年々増加し、日本農業にとって欠かせない労働力となっている。
コロナ禍教訓に
農水省は、その代替人材の雇用を確保する上での支援事業を緊急的に実施しているが、今回のパンデミック(世界的大流行)は、日本農業が技能実習生に大きく依存し、その依存率が増え続けることに対する警鐘と言える。その点で、省力化・省人化に威力を発揮するスマート農業には期待大であろう。
トラクターや田植え機が無人で作業を行い、ドローン(小型無人飛行機)が農薬散布・肥料散布を効率的に行う。畦畔(けいはん)の草刈りも自動化し、これら先端技術をうまく使いこなせば労働力削減効果と収益増が可能になる。
耕種では限定的
他方、現在のスマート農業に戸惑いや落胆の声も耳にする。「高価だ」「中山間地向けの機械・システムが少ない」「作業の種類が少ない」「使える作目が少ない」「さまざまな機械・サービスはあるが、どれが良いか分からない」などである。
スマート農業を専門としている私も、これら意見に同感するところは多々ある。現在のスマート農業の主要技術は、内閣府が実施した研究開発プログラムSIP「次世代農林水産業創造技術」(2014~18年度)がけん引・社会実装したと言っても過言でない。
SIPで開発した技術は「スマート水田農業」とトマトを対象にした「スマート施設園芸」である。要するに、水田農業はスマート農業技術がラインアップされているものの、畑作、野菜、果樹についてはまだこれからである。
すなわち、耕種農業のスマート化は限定的と言わざるを得ない。特に野菜・果樹の収穫・運搬作業はいまだ人手に頼っている。現在、キャベツ、タマネギの加工・業務用の収穫・集荷作業の自動化技術の開発が取り組まれているが、生鮮用はハウス内トマト、アスパラガス、ピーマンが実用化の緒に就いたところで、露地野菜はほとんどない。果樹はさらに遅れており、このコロナ禍を教訓に今後の進展に期待したい。
スマート農業は技術開発と普及が同時に急速な勢いで進んでいる。昭和30年代は機械化が食料増産に大いに貢献したが、令和時代はスマート化が日本農業に大きな変革をもたらすことになる。スマート農業が本格的に農村に入ってまだ5年に満たない。農家の方々の上述の厳しいコメントは必ず克服されるが、これからもユーザーの立場から地域の普及センター、JA、農機ディーラーなどに意見・要望することが地域に適合したスマート農業を創り上げる上で重要なことである。
のぐち・のぼる 1990年北海道大学大学院博士課程修了。農学博士。同年同大学農学部助手、97年助教授、2004年より現職。19年3月まで内閣府SIP「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクター。スマート農業研究に従事。
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2020年11月23日

コロナ禍の経済政策 格差生む調達改めよ 立教大学経済学部特任教授 金子勝
新型コロナウイルスの感染第3波が来た。ウイルスの変異が激しく、周期的に押し寄せてくる。非常に厄介なウイルスだ。
ところが、徹底的にPCR検査を行い、隔離し、追跡し、治療するという基本的な対策をずっとなおざりにしてきた。人口100万人当たりの検査数は、219の国と地域の中で日本は150位前後。他方で、100万人当たりの死亡率は15人と、中国、韓国、台湾などの東アジア諸国の中でも突出して高い。
危うい日銀頼み
徹底検査をしなければ、無症状者を見逃し、そこから感染が拡大する。自粛をすると感染者数が減り、経済活動を再開すると感染者数が拡大する。政府はジレンマに陥っている。そして、ひたすら財政支出を増やして給付金をばらまくだけになる。実際、2020年度予算は約102・6兆円の大規模予算だったが、2次にわたる補正予算を加えると、約160兆円に達する。さらに、また30兆円規模の第3次補正予算を編成するという。
だが政府は、どのように巨額の財政支出の財源を調達しているのか。それは日銀による赤字財政のファイナンスによる。しかし、日銀は8年近くも国債買い入れによる金融緩和策を続けてきたため、年間購入予定とした80兆円の国債を買えなくなっている。実際、17年は約30兆円、18年は約29兆円、19年には約14兆円弱まで購入残高が落ちている。
一方で、補正予算の際に、政府は銀行、地方銀行、信用金庫に実質無利子・無担保の貸し付けをさせる企業金融支援を決めた。日銀は、それを支えるために、企業や個人の民間債務を担保にして、日銀はこれら金融機関に対してゼロ金利の貸付金を大量に供給し始めた。その金額は約60兆円にも及び、20年11月段階で約107兆円の貸付残高に達している。その結果、日銀は売るに売れない国債、株、社債、CP(コマーシャルペーパー)を大量に抱え、戦時財政・戦時金融と同じく“出口のないねずみ講”のような状況に陥っているのである。
株価好調の裏で
しかも、日銀がリスク管理の弱い貸付金という過剰流動性を大量に供給したことで、コロナ禍にもかかわらず、バブルが引き起こされている。株価も2万5000円台に急上昇し、今年5月に8割以上も落ち込んだ首都圏マンションの販売が、6月から急速に回復し、7月には前年水準を上回った。それは、猛烈な格差拡大をもたらす。コロナ禍で多くの倒産、休廃業、そして雇い止めが引き起こされる一方で、富裕層は資産バブルの恩恵を受けるからだ。その上、やがてバブルが崩壊した時に、弱小金融機関だけでなく、民間債務担保を日銀に付け替えているので、日銀信用を大きく傷つけていくだろう。
経済政策は根本的に間違っている。徹底検査による抜本的コロナ対策とともにエネルギー転換を突破口とする地域分散型の産業戦略が不可欠になっている。
かねこ・まさる 1952年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。2000年から慶応義塾大学教授、18年4月から現職。著書に『金子勝の食から立て直す旅』など。近著に『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)。
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2020年11月16日