荻原次晴さん(スポーツキャスター) 作って感じた農家の苦労

荻原次晴さん

 子どもの頃の食べ物の思い出といえば、なんといってもおふくろのみそ汁ですね。

 学校が終わってからスキー場に行って、トレーニングをしていたんですよ。午後4時くらいになるとすっかり暗くなる。そんな中、鼻水を垂らしながらジャンプとクロスカントリーの練習をしました。標高は1200メートルくらいありますし、本当に寒いんです。終わって家に帰って飲む、ダイコンの入ったあつあつのみそ汁。これほどうまいものはありません。
 

食卓まるで戦場


 うちは、きょうだいが5人なんです。姉が3人と、健司(双子の兄)。健司と2人で競うように釜の飯を食べました。肉、肉、肉、飯、飯、飯……といった勢いで。食卓は戦場でした。

 金物屋をやっていた親父が仕事を終えるころには、ご飯がなくなってしまって。おふくろが「また健司と次晴が、全部食べてしまいましたよ」と言い、おやじは「またか」とつぶやいても、けっして叱ることはありませんでした。

 海外遠征をするようになってからおいしいと思ったのは、イタリアの食事です。宿の厨房(ちゅうぼう)に入って、レシピを教えてもらい、それを作ってみたりしました。

 とはいってもそんな裕福なものではありません。各国を回って感じたのは、日本人が一番いいものを食べているということですね。

 欧州での食事は質素でしたよ。選手の家にホームステイさせてもらったこともありましたが、朝食はパンにバターかジャムを塗って、コーヒーか紅茶を飲む程度。昼ご飯で肉や魚を食べますけど、夜はパンとハムとチーズくらい。それでも強い選手は強い。驚かされました。

 僕らが滞在するのは、スキー場ばかり。パリやローマとは違い、おしゃれなブティックもありません。ごく普通の田舎町です。

 宿に着くと、スーパー巡りをするのが楽しみでした。特に野菜や肉の売り場を見るのが。日本では見掛けないカラフルな野菜があったり、日本のものとは比べ物にならないくらいとてつもなく大きなキュウリやピーマンがあったり。サラミやチーズの種類も豊富。この国の人たちはこうした食材を使って、どういう料理を作って食べているんだろう。この国の選手はこうした食文化で育ち、この山でトレーニングを積んできたんだなあ。そういった文化を知るのが楽しかったですね。

 引退してしばらくして結婚しました。トマトが大好きな女性です。「おいしいトマトを、毎日買ってきます」

 そう言って結婚してもらったんです。幸い4人の子どもに恵まれ、妻は必ずトマトなどの野菜を食卓に並べます。

 おかげで子どもも野菜が好きなんですが、食べるだけではなく、どういうふうに作られるのかも知ってほしいと思いました。
 

野菜育てる喜び


 そこで都内に畑を借りて野菜を作ってみたんです。子どもと一緒に育てて収穫する喜び、それを料理して食べる楽しさを、初めて経験できました。

 それはとても良かったんですが。それと同じくらい良かったのは、野菜作りの難しさを学んだことです。ちょっと見ない間に、雑草が生えてしまう。都内なのにすぐに虫が来て食べてしまう。わずか2畳ほどの畑なのに、その大変さに驚きました。改めて農家の苦労を知りましたね。これまで以上に感謝の気持ちを持って、食べるようになりました。(聞き手=菊地武顕)

 おぎわら・つぎはる 1969年群馬県生まれ。兄・健司とともにスキー・ノルディック複合選手として活躍。95年の世界選手権で団体金メダル。98年の長野五輪で個人6位、団体5位入賞。引退後はキャスターとして活躍するなどスポーツの普及に尽力し、2017年に日本オリンピック委員会特別貢献賞を兄弟で受賞した。
 

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