日米通商交渉 譲歩迫る遺産 次代も 経済評論家 内橋克人

内橋克人氏

 米国第45代大統領・ドナルド・トランプ氏は去り、冬のホワイトハウスは新たなあるじを迎えた。安倍晋三前首相とは互いに「ドナルド」「シンゾー」と呼び合い、蜜月時代を演じた。その主役2人は今、急ぎ足で後景へと退く。「仮面の蜜月」は何を遺しただろうか。
 

すれ違う「認識」


 「かくも長期間、アメリカをだまし続けることができたなんて信じられない。日本の政治家たちはそう言ってほくそ笑んでいるに違いない。だが、そんな日々はもう終わりだ」。トランプ氏は去っても、日本に発せられた「トランプ節」は、ブラフ(脅し)として今も記憶に生々しい。巨額の対日貿易赤字を糾弾した翌日、すなわち2018年3月23日に突如、トランプ政権は鉄鋼、アルミニウムの関税引き上げを発表した。

 「蜜月」を真に受けていた日本政府と日本人は「狙いは中国。日本は適用除外」と思い込む。だが、期待は見事に裏切られた。除外されたのは欧州連合(EU)その他7カ国と地域に過ぎなかった。

 トランプ氏が環太平洋連携協定(TPP)からの離脱を宣言して以降も日本は懸命に復帰を呼び掛け続けた。だが、日本の望みはあっけなくソデにされている。トランプ政権から投げ返されたのは「日米2国間の通商交渉」つまり、日米FTAという超速球の変化球だった。

 FTAとは金融、投資、流通、サービスなどを含む包括的な自由貿易協定のことであり、筆者は「覇権型交易」と呼んできた。一方、日本政府は物品に限って関税引き下げを話し合う貿易協定(TAG)である、と説明していた。だが、TAGとは日本政府が国内向けにひねり出した「造語」であって、米国内はもとより世界に通用しない。

 トランプ政権で米通商代表部(USTR)は精力的に公聴会を開いた。公聴会に出席した業界団体は44団体を超え、「全国牛乳生産者連盟」などは明確に「TPPを超える水準の市場開放」を日本に求めている。日本側の牛肉関税もテーマとなり、TPPでは現在の38・5%を最終的に9%にまで引き下げることになっている。日本政府は対米交渉でこの水準より低くしない、と表明してきたが、米側は納得しないのではないだろうか。
 

標的は日本農業


 ホワイトハウスのあるじは代替わりしても、米政権は本命の農業分野で日本の譲歩をさらに引き出そうとするだろう。バイデン新政権の「対日通商交渉」戦略を甘く見ることはできない。

 バイデン氏もまた、日米間に横たわる深い「認識格差」においてトランプ遺産、すなわち「現在地」から出発する。2国間交渉にこだわったトランプ前大統領が遺した「レガシー」が消えることはない。

 「食料自給できない国を想像できるか。それは国際的圧力と危険にさらされている国だ」「食料を他国に依存するような国に真の独立国はない」。かつて父ブッシュ大統領の発した言葉をかみ締める時が来ている。

 うちはし・かつと 1932年神戸市生まれ。新聞記者を経て経済評論家。日本放送協会・放送文化賞など受賞。2012年国際協同組合年全国実行委員会代表。『匠(たくみ)の時代』『共生の大地』『共生経済が始まる』など著書多数。
 

おすすめ記事

論点の新着記事

検索

e農サーチ e農サーチとは