[農と食のこれから いのちの現場](1) <福島県楢葉町 原発事故から再起> ここにいた130頭の家族

誕生から30分後、自力で立ち上がり初乳を飲む子牛。母牛は子牛のお尻をなめて排せつを促した。蛭田さんがうれしそうに見詰めた

 2021年4月、福島県楢葉町の酪農牧場「蛭田牧場」で、ホルスタイン4頭が立て続けに子牛を産んだ。牛も人間と同様、妊娠から10カ月余りで出産する。だが予定日は分かっているものの、なかなかその通りにいかないし、出産時間も読めない。予定日に産んだのは1頭だけで、3頭は5日前後もずれた。

 2代目牧場主、蛭田博章さん(52)は事故を防ぐため、出産に立ち会う。予定日が近づくと牧場の事務所に泊まり込む。

 子牛が無事に生まれた朝、蛭田さんは睡眠不足の赤い目をこすりながら「ここで殺しちまったから、ここで生きて産ませたい」と言った。牧場を再開して5年。「牛屋」の覚悟が言葉に宿る。

 太平洋に面した楢葉町は、東京電力福島第1原子力発電所の南方20キロ圏にある。11年3月の原発事故で避難指示区域(旧警戒区域)となり、人は「安全な場所」へ、家畜は移動を禁じられて「そのまま殺処分」となった。

 蛭田牧場には130頭がいた。震災直後、原発の状況が悪化する中、蛭田さんと牧場主だった父の公さん(19年に76歳で死去)は避難したいわき市から通い続けた。餌や水を与えるだけでなく、搾乳も重要だった。生乳の出荷はできなくなっていたが、牛は出産から1年近く体内で乳を作り続ける。毎日搾らなければ乳房は膨張し母牛はもん絶する。

 だが、牧場へ続く木戸川沿いの一本道にバリケードが置かれ、防護服を着た警察官が行く手を阻むようになった。「命を守るため」だと説明する警官に、蛭田さんと公さんは「人の命は守れるかもしれんが、牛の命は俺らしか守れないんだ」と食い下がった。……
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 人は生きるため、食べたり、飲んだりする。命を育て、いただく。シリーズ企画「農と食のこれから」第5部は、食と命を巡る四つの現場から報告する。(栗田慎一が担当します)
 
(「農と食のこれから いのちの現場(1)」の全文は5月4日付日本農業新聞の紙面をごらんください)

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