コラム 今よみ~政治・経済・農業
政治や経済、農業に特化して識者が今の動きを読み解く時評コラムです。
規制強化と農産物輸出 国内市場の見直しを 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
グローバル種子・農薬企業に対する除草剤の裁判で、企業の内部文書が明らかにされ①早い段階から、その薬剤の発がん性の可能性を企業が認識していたこと②研究者にそれを打ち消すような研究を依頼していたこと③規制機関内部と密接に連携して安全だとの結論を誘導しようとしていたこと──などが判明した。
この除草剤については、国際がん研究機関を除けば、欧州食品安全機構、米国環境保護庁といった多くの規制機関が、発がん性は認められない、としている。しかし、裁判からも分かるように、規制機関に対する消費者の信頼は揺らいでいて、特に欧州連合(EU)では市民運動が高まり、それに対応して消費者の懸念があれば農薬などの規制を強化する傾向が強まっている。
タイなど、EU向け輸出に力を入れている国々は、EUの動向に呼応して規制強化を進めており、それが世界的に広がってきている。これがアクセルを踏もうとしている日本農産物の輸出拡大の大きな壁になりつつある。
遺伝子操作への表示問題もある。日本ではゲノム編集の表示義務がないので、遺伝子操作の有無が追跡できないため、国内の有機認証にも支障を来すし、ゲノム編集の表示義務を課しているEUなどへの輸出ができなくなる可能性がある。
世界的な有機農産物市場の拡大も急速だ。有機栽培はコロナ禍での免疫力強化の観点からも一層注目され、欧州委員会は、この5月に「欧州グリーンディール」として2030年までの10年間に「農薬の50%削減」、「化学肥料の20%削減」と「有機栽培面積の25%への拡大」などを明記した。
わが国でも「有機で輸出振興を」という取り組みも一つの方向性だ。しかし、世界の潮流から日本の消費者、生産者、政府が学ぶべきは、まず、世界水準に水をあけられたままの国内市場だ。除草が楽にできる有機農法などの技術を開発・確立し、一生懸命に普及に努めている人々がいる。国の支援が流れを加速できる。学校給食を有機にという取り組みも多くの人々の尽力で全国に芽が広がりつつある。公共支援の拡充が起爆剤になる。
そして、EU政府を動かし、世界潮流をつくったのは消費者だ。最終決定権は消費者にあることを日本の消費者もいま一度自覚したい。世界潮流から消費者も学び、政府に何を働き掛け、生産者とどう連携して支え合うか、行動を強めてほしい。それに応えた公共支援が相まって、安全・安心な日本の食市場が成熟すれば、その延長線上に輸出の機会も広がる。輸出だけ有機・減農薬の発想でなく、世界の食市場の実態を知ることから足元を見直すことが不可欠な道筋である。
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2020年10月27日
「価値ある農業」とは? 山を生かす放牧経営 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
新型コロナウイルス対策に最も成功した台湾のIT担当閣僚として知られるオードリー・タン氏が、先日NHKのテレビ番組でこんな発言をしていました。「お金はあっても病気にはなる。金もうけと価値ある仕事は違う。単にお金を稼ぐ労働はAI(人工知能)に任せて、心を満たすために働く社会へ人類は進む」というもので、新しい時代の予言でもありました。
これを農業農村問題に置き換えるとどうなるでしょう。「金もうけと価値ある農業は違う。単に食料を量産する農業はAIに任せて、心を満たすために地域を耕す時代へ」といったところでしょうか。最近、こうした理念をかなえる農業に出合いました。
宮崎県日之影町の和牛繁殖農家、岩田篤徳さん(69)は、自宅の裏山で雌牛20頭を放牧しています。獣医師としてJAに勤めた後、10年かけて山を開拓しました。バックホーで竹林を伐採し、牛たちが竹やぶや雑草をバリバリ食べて踏み込むという1人と5頭の開拓チームにより、荒れた山は7・5ヘクタールの永年牧草地に生まれ変わりました。
四足歩行の牛は急斜面に強く、栄養ある牧草を食べて歩き回るのでひづめや骨格は発達し、母牛の繁殖成績も向上。かかるのは子牛の飼料代ぐらいなのでコストは舎飼いの半分です。
岩田さんはこれを「山岳和牛」と名付け、YouTube「高千穂牛放牧物語」で発信しています。牛たちが列を成していそいそ駆ける姿はどこかコミカルで笑いと感動を誘います。また集落の道を区切って柵を張れば、半日で雑草を平らげるため近所にも歓迎されています。
お隣の大分県には牛を貸し出すレンタカウ制度があるそうで、岩田さんはこれに倣って普及センターや仲間と「西臼杵型放牧ネットワーク」を立ち上げ、放牧農家は10軒になりました。
放牧のメリットを改めて聞くと①低コストで所得向上②労働力低減③荒廃した農地や山林の解消──この他、牛の健康、景観、地域活性化まで数え切れません。
和牛業界はいま深刻ですが、放牧は支出が少ないため大損失は免れたそうです。何より岩田さんの話からは、人と牛が家族のように過ごす幸福感、山の暮らしの優雅さが伝わってきます。
本当に強く「価値ある農業」とは何か。低コスト経営なら多少の変動があってもやめずに済みます。大もうけよりも手堅い利益で、地域を耕し、地域に愛される小さな家族農業を続ける(これ以上減らさない)政策こそ持続可能ではないでしょうか。
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2020年10月20日
スマート化で何をする? 新技術が経済格差に 特別編集委員 山田優
スマート農業が花盛りだ。本紙には無人の農業機械が畑を走り回り、ドローン(小型無人飛行機)や衛星から送られた情報に従って耕したり収穫したりする事例が、全国各地で登場する。
農水省のウェブサイトによると、「ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業」がスマートな農業だという。
高齢化や過疎で農村の人手不足が深刻な中、魅力的に見えるのは確か。省力化と品質向上の一石二鳥になるのであれば、期待されるのは当然だ。厳しさが強調される農業で、数少ない明るい話題といえる。
政府のスマート農業関連予算は拡充されている。デジタル化に熱心な菅政権でさらに農業のスマート化が進むことは確実。目指すのは農家がいち早くスマートになって競争力を高めることだ。
この場合の競争相手は、国内の他産地や輸出先の競合国などだろう。政府のスマート農業は、安倍前政権から続く攻めの農政とぴったり歩調を合わせている。成長するには競争するしかない。他人を蹴落としてでも強い農業を目指しなさいというわけだ。
新しい技術は私たちの暮らしや経営を便利にする一方で、社会のひずみを広げることもある。
ここ数十年の間に、世界中でITが浸透した。インターネットやスマートフォンがない生活はもはや想像しにくい。
半面で社会の経済格差は大きく広がった。ITをスマートに利用するごく一部の企業や富裕層が巨万の富を独占し、一方で多くの貧困層が生まれた。新自由主義的なさまざまな規制緩和と、ITの発展が結び付き、競争の勝者だけがおいしい思いをできるようになったからだ。
農業でスマートな技術がもてはやされ、気が付いたら農村に取り返しのつかない経済格差が生まれることはないだろうか。
人影のない田んぼで、無人トラクターとコンバインが走り回る。収穫した米は自動で乾燥調製機に運び込まれる。経営者の命令で全ての作業を指示するのは人工知能(AI)。従うのは地元の補助要員か海外からの研修生。
一つ一つの技術を見れば便利で営農に役立つものばかり。だが、こんな風景の中、一握りのスマートな経営者が、戦前の地主のように「旦那さま」として農村を歩き回る姿は見たくない。
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2020年10月06日
政治の季節“風” 政策 冷静に見極めを 元農水省官房長 荒川隆氏
突然の総理辞任表明からちょうど1カ月、総裁選の告示も待たず派閥主導で勝ち馬に乗る構図は、国民の理解が得られただろうか。対する野党も、第1党と第2党が合流し新党首が選ばれたが、原発政策での路線対立や支持母体の「連合」との関係など、舞台裏が丸見えだった。政権構想を示し総選挙に勝利した党の代表が首班指名され内閣を構成するという「憲政の常道」の総理交代でなかった以上、来年10月が任期の衆議院については、早晩、国民に信を問わざるを得まい。いよいよ「政治の季節」がやって来た。
政治の季節となれば、各党はマニフェストなど政策提案を示し、選挙に臨むことになる。農業・農村政策についても、さぞや耳に心地良い提案が示されるだろうが、われわれ有権者には、その実現可能性を含めて、1票を投じた先で実際にどんな政策運営が行われるのかの想像力が求められる。
というのも過去に苦い経験があるからだ。11年前には、時の野党民主党が「戸別所得補償政策」を農政の柱として打ち出した。米麦はもとより、畜産・酪農や水産まで所得補償の対象かと見まがうようなマニフェストで生産現場に大きな夢を与え、政権交代の原動力となった。だが、3年3カ月に及ぶその政権では、戸別所得補償の法制化はもとより、無駄を省けば生み出されるはずだった16兆円余の財源確保もままならず、米戸別所得補償モデル事業予算は、土地改良を犠牲にして農林予算の中で賄われた。結果、商系業者による米の買いたたき、1万5000円/10アールの交付金目当ての農地の貸しはがしによる集積・集約化の遅れ、土地改良事業の工期延伸など、負の遺産が残された。その政権で官房長官や経済産業大臣の要職を務めていたのが、今度の野党第1党の党首だ。
そして、8年前には、最大の関心事項の環太平洋連携協定(TPP)への対応が焦点だった。時の野党自民党は農業団体の反対姿勢を背景に、「『聖域なき関税撤廃』を前提とする限り、TPP交渉参加に反対」と訴え、農業・農村現場の支持を獲得し政権復帰につなげた。だが、その後の8年間の農政運営はご承知の通りで、電光石火、TPP交渉参加にかじを切るとともに、日欧EPA(経済連携協定)、日米貿易協定と続く国境措置の脆弱(ぜいじゃく)化や中間管理機構、農協改革、生乳改革、市場改革など、現場の実態から乖離(かいり)した奇妙な「改革」が続いた。新総理がその安倍農政の実質的責任者だったことは周知の事実だ。
何ともやるせない2度の政権交代だったが、われわれ有権者は、選挙を通じてしか自らの意思を示せない。携帯電話料金の引き下げや不妊治療無料化など、早速いい話が聞こえてきているが、過去の反省に立てば、政治の季節“風”に乗って流れてくるおいしい話に幻惑されることなく、誰に任せると何が行われるのか、冷静に分析し判断する必要がある。農業・農村の真の味方は誰なのか、この際じっくり考えたい。
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2020年09月29日
種子は誰のものか? 農家の負担増回避を 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
公的な種子事業の民間への移行を進めつつ、育成者権(育種家の権限)を強め、民間育種事業の利益を増やし振興する方向性が示されている。そうなると「育種家の利益増大=農家負担の増大」は必然である。どうすれば、農家の負担増は回避できるだろうか。
「種は誰のものなのか」ということをもう一度考え直してみたい。種は何千年も皆で守り育ててきたものである。それが根付いた各地域の伝統的な種は、地域農家と地域全体にとって地域の食文化とも結び付いた一種の共有資源であり、個々の所有権はなじまない。育成者権はそもそも、農家の皆さん全体にあると言ってもよい。
それは沿岸の海の資源とも通じるところがある。海の資源は共有(ないし共用)資源として、それを守ってきた沿岸漁業者全体のもの(漁業権=財産権)と解され、個々の漁業者に利用権(行使権)が付与されてきた(漁業法改訂により企業への漁業権の付け替えが可能になってしまったが)。
種を改良しつつ守ってきた長年の営みには莫大(ばくだい)なコストもかかっていると言える。そうやって皆で引き継いできた種を「今だけ、自分だけ、金だけ」の企業が勝手に素材にして改良し登録して独占的にもうけるのは、「ただ乗り」して利益だけ得る行為である。だから、農家が種苗を自家増殖するのは、種苗の共有資源的側面を考慮すると、守られるべき権利という側面がある。
諸外国においても、米国では特許法で特許が取られている品種を除き、種苗法では自家増殖は禁止されていない。欧州連合(EU)では飼料作物、穀類、ジャガイモ、油糧および繊維作物は自家増殖禁止の例外に指定されている。小規模農家は許諾料が免除される。「知的所有権と公的利益のバランス」を掲げるオーストラリアは、原則は自家増殖は可能で、育成者が契約で自家増殖を制限できる(印鑰智哉氏、久保田裕子氏)。
もちろん、育種しても利益にならないならやる人がいなくなる。しかし、農家の負担増大は避けたい。そこで、公共の出番である。育種の努力が阻害されないように、良い育種が進めば、それを公共的に支援して、育種家の利益も確保し、使う農家にも適正な価格で普及できるよう、育種の努力と使う農家の双方を公共政策が支えるべきではなかろうか。
つまり、共有財産たる地域の種を、育種のインセンティブをそぐことなく、育種家、種取り農家、栽培農家を公共的に支援し、一部企業だけのもうけの道具にされないよう、歯止めをかけながら地域全体の食文化の持続的発展につなげるための仕組み(法的枠組み)の検討が必要ではないだろうか。安全保障の要は食料であり、食料は種なくして得られないことを常に想起したい。
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2020年09月22日
健康を提供する農村 ワーケーションに“農”力発揮 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
宮城県最南端、阿武隈山地にある丸森町は昨年、台風19号の記録的集中豪雨で河川の堤防決壊や土砂崩れが起こり、10人の犠牲者を出す大災害に見舞われました。まもなく1年を迎えますが、今なお復旧工事があちこちで続き、250世帯が仮設住宅や仮のアパートで暮らしています。
復興をバネに町はどんな未来を描くのか。先週末、町民やボランティアで町に来る人たちに向けた大人の社会塾「熱中小学校丸森復興分校」が開かれ、参加してきました。
丸森の農業といえば、水田、酪農、畜産などがありますが、他にもあんぽ柿や、輪切りにした大根を竹串に通して干す「へそ大根」など、気候風土に根差した食文化が受け継がれています。
驚いたのは日本の棚田百選になっている「大張沢尻棚田」で、土砂や流木でのり面は崩れましたが江戸時代に築かれた見事な石垣に損傷はありません。もともと棚田には、地滑り防止や治水など減災の機能があります。
災害多発時代において必要なのはレジリエンス(回復する力)です。生態系や里山の農業などの営みは、グリーンインフラと呼ばれ、世界的にも注目されています。
同町の再生をかけた新しい動きとして先週、ワーケーションの実証実験がありました。ワーク(仕事)×バケーション(休暇)の融合で、働き方改革と感染症対策に伴い、地域と都市の双方で関心と需要が高まっています。
実験は、前出の社会塾を全国17地域で仕掛ける一般社団法人熱中学園が、町、東北医科薬科大、情報機器大手・内田洋行(東京)との共同で、社員11人が5日間、滞在しました。血圧などの健康データを測定し、よい結果が得られれば、企業の福利厚生にも役立ちます。
今、最も人々が求めているのは、感染しない環境、ストレスなく過ごせる居場所、つまり心の健康(安心)です。
阿武隈川支流での森林浴やキャンプ、温泉、新鮮な空気と水、豊かな自然を感じる滞在期間に、農業や食との関わりを加えれば、充実感はもっと増すでしょう。
消費だけでなく生産を知れば、地域課題を解決する関係人口となり、互いの自己肯定感も高まります。自社の健康だけでなく、地域も元気にならないと、関係は長くは続きません。農の力を発揮するワーケーションが実現できれば、都市と地域が互いの存在を喜び合い、双方の活性化と生き残り策になるはずです。
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2020年09月15日
安倍首相辞任 「攻めの農政」終わりに 特別編集委員 山田優
安倍晋三首相が辞任する。本コラムでは安倍氏が主導した「攻めの農政」の怪しさや弊害を繰り返し指摘してきた。攻めの農政は小泉純一郎政権下で登場した言葉だが、安倍氏によって農政を貫くキーワードとなった。
小泉氏は農業への関心はほとんどなかった。農水省OBの一人は「象を飼育したら畜産問題は解決しないだろうか」と小泉氏から問われ、絶句したことがあると証言する。一方の安倍氏は2012年末の第2次政権が発足すると、米政策や、農地、農協、生乳流通分野の改革などを矢継ぎ早に実行に移した。
攻めの農政という言葉のルーツを探していて、面白い事実に突き当たった。1975年2月12日の衆院農林水産委員会の議事録に記述がある。野党議員が、農相就任直後の安倍晋太郎氏(晋三氏の父)に対して、記者会見で触れた「攻めの農政」の真意を正した。
「(攻める)敵はだれか、味方はだれかをはっきりさせてもらいたい」
晋太郎氏は質問に直接答えず、従来の農政が保護に傾き過ぎていること、世界に打って出ることが大切だと答弁した。半世紀近い時間を経て、攻めの農政が子どもに引き継がれたというのは興味深い。
安倍首相の攻めの農政には共通点がある。一部の経済界や農家が現状の規制による問題点を指摘する。それを受けて勇ましい改革のスローガンが編み出され、規制緩和が実行される。
「減反は廃止する」「農産物輸出を1兆円にする」「農村所得を倍増」
多くが看板倒れになったが、その過程で、抵抗勢力とされた人たちには、安倍氏のドリルの刃が遠慮なく飛んできた。
14年には、ドリルがJAに向かってきた。政権に返り咲いた安倍氏は、米国との間で環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加を模索した。当時、JAグループは労働・市民団体、医師会など広範な人たちと反対運動をリードした。
怒った安倍氏が持ち出したのが農協改革だ。准組合員利用規制をちらつかせ目の上のたんこぶのJAを屈服させると、当時の米オバマ政権とTPPをまとめ上げた。合意は国会決議違反の疑いが強かったが、農村出身の与党議員もJAも安倍政権を批判する元気は残っていなかった。
農水省も安倍氏には白旗を掲げた。法律で定められた政策づくりのルールはねじ曲げられ、官邸から飛んでくる指示に従い、競うように忖度(そんたく)した。
以前から農業団体、自民党、農水省の三角形(トライアングル)と呼ばれる農政の権力構造は勢いを失っており、安倍政権によってペチャンコに踏みつぶされた。トライアングル復活を望む立場にはないが、幅広い当事者が意見をすり合わせ合意を図ることが大切だと思っている。一方的に攻めるのではなく、透明性を高め、議論を尽くす形に農政が転換してほしい。
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2020年09月01日
生乳需給と指定団体 協同組合原則の真価 元農水省官房長 荒川隆氏
例年なら夏休みも終盤だが、今年は春先のコロナ休校のせいで休みが短縮され、2学期が始まっている地域も多かろう。児童・生徒も残念だが、酪農・乳業界も大騒動だった。
コロナ休校で学校給食用牛乳(学乳)向けの生乳が突然行き場を失い、大問題となったのは半年前だ。その時は、酪農・乳業関係者が協力し、学乳向けの生乳を用途変更し、保存性のある脱脂粉乳やバターに振り向け、何とか事なきを得た。
その後、4月の緊急事態宣言により外食・中食業者が休業し業務用バターや液状乳製品が過剰になる一方、外出自粛を余儀なくされた家庭の巣ごもり需要で、家庭用バターや牛乳が逼迫(ひっぱく)しかけた。
とどめは、この夏休みの学校給食継続による学乳向け生乳の逼迫だ。ちょうど乳牛の泌乳量が低下する夏場だから、これまでで最も深刻だ。このような短期的な需給変動を辛うじて吸収し、スーパーや学乳の欠品を防ぎつつ生乳廃棄にも至らなかったのは、酪農・乳業関係者はもとよりその結節点となる指定生乳生産者団体の努力のたまものだ。
酪農は、単に生乳を供給するだけでなく、資源の乏しいわが国で植物からタンパク質を産み出す持続可能な産業であり、国土保全上も重要な作目だ。他方、牛の生理現象を相手にする以上、搾乳量や乳質が人間の都合で自由になるわけではない。だからこそ、酪農の再生産と乳業の健全な発展は、独り酪農・乳業という民間部門の問題にとどまらず、公的な政策対応の対象となっているのだ。
全国1万5000戸の酪農家から生乳販売の委託を受ける指定団体は、日持ちせず低温での流通が欠かせない生乳を、全国の乳業メーカーに日々滞りなく配乳している。全国の過半を生産する北海道酪農と、各地に点在する都府県酪農から生乳を集荷し、大消費地近くに立地する乳業メーカーに効率的に配乳することは、難しい方程式を解くようなものだ。まして、この間のコロナ騒動を振り返れば、指定団体なしにこの難局は乗り切れなかったろう。
学校給食や家庭で毎日何気なく飲まれている牛乳の陰には、全国10の指定団体と広域調整を担う全国連合会の存在が欠かせない。これらの団体は、多数の酪農家が協同組合原則の下に糾合団結した農協組織であり、距離の遠近や離島・中山間地などの立地条件にかかわらず、会員・組合員のため黙々と集・配乳を行っている。これにより、酪農・乳業双方の利益が図られると同時に、社会・経済コストの最小化も実現する。そんな協同組合原則に基づく優れた制度に岩盤ドリルで穴が開けられたことは誠に残念だ。農水省も「いいとこどり」を排除するための事例集を示すなどようやく運用改善の兆しも見られるが、そんな心配の無い制度に立ち返ることこそ必要だ。
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2020年08月25日
コロナ禍 豊かに暮らせる社会 鍵は無理しない農業 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
大手人材派遣会社の会長がある県で、「なぜ、こんなところに人が住むのか。早く引っ越しなさい。こんなところに無理して住んで農業をするから行政もやらなければならない。これを非効率というのだ。原野に戻せ」と言った。
コロナショックは、この方向性、すなわち、地域での暮らしを非効率として放棄し、東京や拠点都市に人口を集中させるのが効率的な社会の在り方として推進する方向性が間違っていたことを改めて認識させた。都市部の過密な暮らしは人々をむしばむ。
これからは、国民が日本全国の地域で豊かで健康的に暮らせる社会を取り戻さねばならない。そのためには、地域の基盤となる農林水産業が持続できることが不可欠だ。それは、家族農業を「淘汰(とうた)」して、メガ・ギガファームが生き残ることでは実現できない。それでは地域コミュニティーが維持できないし、地域の住民や国民に安全・安心な食料を量的に確保することもできない。
コロナショックに加えて、バッタショック、異常気象の頻発も重なり、国民が自分たちの食料を身近な国産でしっかり確保しないといけないという意識も高まっている。米国の食肉加工場のコロナ感染は移民労働者の劣悪な衛生環境での低賃金・長時間労働もあぶり出した。食肉加工だけではない。野菜や畜産などの米国の農業生産そのものが、「奴隷的」な移民労働力なくして成り立たないことも露呈した。
安いものには必ずワケがある。成長ホルモン、残留除草剤、収穫後農薬、遺伝子組み換え、ゲノム編集などに加えて、労働条件や環境に配慮しないソーシャルダンピングやエコロジカルダンピングで不当に安くなったものは、本当は安くない。どうして、いま日英貿易協定を急ぐのか。畳み掛けるように貿易自由化して安く買えばよいというのは間違いだ。しかも、お金を出しても買えなくなる輸出規制のリスクの高さも再認識されたばかりだ。
本当に「安い」のは、身近で地域の暮らしを支える多様な経営が供給してくれる安全・安心な食材だ。本当に持続できるのは、人にも牛(豚、鶏)にも環境にも種にも優しい、無理をしない農業だ。それなのに、地域の農林漁家から農地や山や海を奪い、「今だけ、金だけ、自分だけ」の一部大手企業に地域を食い物にさせるようなショックドクトリンが止まらない。
国民が目覚めるときだ。消費者は単なる消費者でなく、国民全体がもっと食料生産に直接関わるべきだ。自分たちの食料を確保するために、地域で踏ん張っている多様な農林漁家との双方向ネットワークを強化しよう。地域の伝統的な種もみんなで守ろう。リモートで仕事をするようになったのを機に、半農半Xで、自分も農業をやろう。農業生産を手伝おう。いざというときには、みんなの所得がきちんと支えられる安全網(セーフティーネット)政策もみんなで提案して構築しよう。
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2020年08月18日
ニュー“農”マル時代へ 注目される農的生活 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
夏休みの工作は、もはや子どもだけのものではなくなりました。帰省の自粛や折からのステイホームで家庭菜園、料理、日曜大工などDIY需要が伸びています。お金よりも時間を使い、制作のプロセスを楽しむハンドメイドには、消費にはない喜びがあります。農家にしてみれば当たり前の自家調達や生み出す工夫に、とうとう都市の人々も気付いてしまったのです。
筆者も利用している東京・世田谷の体験農園で先日、こんな光景を目にしました。小雨が降ってきたちょうどその時、農園仲間の女性が小走りでやってきて、「お客さんが来るからこれだけもぎに来たの」と言って、トウモロコシを2本素早くもいで帰ったのでした。ああ、この人は都会にいながらも、大地の恵みを享受することをこんなに喜び、畑と自分の共同作品であるもぎたてトウモロコシの感動を友人と分かち合いたくて、小雨の中走ってきたのだなと思うと、なんとも豊かな気持ちになりました。
ニューノーマルならぬ、ニュー農マル時代!生産的=農的な暮らしへの転向は、本来誰もが持っている帰巣本“農”ではないでしょうか。市場が元気な間、都市のにぎわいは魅力的ですが、都市が疲弊した今、人々は疲れを癒やし、安心して帰れる場所として「農」を求めているのです。
帰巣本“農”はこれまでの「帰農」と違い、若い世代がこれからの生きやすさを求めるポジティブな行動変容です。地方への回帰だけではなく、都市にいても身近な農に親しむことで、自分らしさと心の安定を取り戻そうという地に足の着いたパラダイムシフト(社会規範の変革)です。今、人々が最も手に入れたいのは、心身の健康ですから、密の少ない農空間はまさに楽園なのです。
観光業界では、遠方の富裕層を当面封印し、「マイクロツーリズム(近距離旅行)」にシフトし始めています。県内などの地元客に向けて、田舎体験を観光資源にする、いわばローカル経済循環による生き残り策で、森林ヨガや収穫体験などのヘルスツーリズムも含まれています。
都市や他業界がこれほど農を必要とする一方で、肝心な農の側は果たしてどうでしょうか。新時代における農業農村の強みとは何か。そろそろ食料を大量に効率よく生産して都市に供給する一本道だけでなく、関わる人々を懐広く迎え入れ、人間らしさを取り戻す包摂的な農の力を発揮する時ではないでしょうか。
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2020年08月11日
コラム 今よみ~政治・経済・農業アクセスランキング
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予算編成プロセス 活性化へ有効活用を 元農水省官房長 荒川隆氏
年末にかけて、税制改正、補正予算、翌年度予算が閣議決定されると、年中無休の永田町・霞が関かいわいにも年越しの静寂が訪れる。かつて、大蔵原案の一次内示から、課長折衝、局長折衝、次官折衝という事務折衝の後に、与党政調会長も交えた大蔵大臣室での大臣折衝へと続く一連の予算編成プロセスは、年末の風物詩だった。御用納めの12月28日までに終わることはなく、閣議決定後の端数整理で生ずる残額の割り付けのための「落穂拾い」と呼ばれる作業を終えて役人たちが家路に就く頃には、紅白歌合戦が始まっていたものだ。
自らの関連予算を一円でも上積みしようと、業界関係者が全国から地元の名物を携えて上京し、手分けして役所や国会議員に陳情を繰り返す。与党各部会は、連日早朝から会議を開き、折衝状況を聴いて役人を叱咤(しった)激励する。最終段階では、大臣折衝に赴く農水大臣を与党部会全員で送り出し、折衝から戻った大臣からその赫赫(かっかく)たる成果を聴取し、同席する業界団体代表たちがお礼言上を行う。一連の政治ショーはこんな形で進む。
昭和が平成に変わった頃から、このプロセスは簡素化されていった。年末ギリギリだった閣議決定日がしだいに前倒しされ、いつしか天皇誕生日の前には終わるようになった。倫理規程のおかげで業界からの差し入れもなくなり、半ばお祭り騒ぎだった省内も、予算担当者を中心とした地味なものに変わっている。
働き方改革のご時世だから、プロセスの簡素化に越したことはないし、新型コロナウイルス禍の今回は例年以上に静かだったようだが、編成された予算総額は過去最大となった。農政関連では、すったもんだの末に第3次補正コロナ対策として盛り込まれた次期作支援対策に1300億円余りが計上された。米価下落が懸念された2020年産米対応や大幅な深掘りが必要となる21年産米対策も、補正予算に350億円、当初予算に対前年同額の3050億円が確保された。「コンクリートから人へ」の被害者でもあった農業農村整備事業も、当初予算額をさらに伸ばして全国の事業要望に十分応えられる水準となったようだ。新基本計画で打ち上げられた「食と農の国民運動の推進」も、4億円と金額は少ないものの運動のはずみ車としての芽出しはできた。
これらの予算編成作業は、日の当たる政治プロセスの陰で黒衣(くろご)として働く霞が関の役人たちが、厳しい予算制約の中で知恵を絞り粘り強く財政当局と折衝した生みの苦しみのたまものだ。農業関係者におかれては、予算事業を有効活用し経営改善や地域活性化に努力するとともに、都市住民・消費者・経済界など各界各層を巻き込み、この国の農業・農村への理解を深める運動に取り組んでいただきたい。
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2021年01月13日
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生産国の穀類輸出制限 食料貿易 波乱の兆し 特別編集委員 山田優
新型コロナウイルス禍で「お正月はおとそ気分」とはなかなかならなかったが、食料貿易の現場も今年は緊張感の漂う年末年始だった。
きっかけはロシア。12月半ばに政府が突然「国内のパン価格を安定させるため輸出量を制限し、小麦、ライ麦、大麦、トウモロコシに輸出税を課す」と発表した。官報によると、2月15日から6月いっぱい、小麦の輸出に1トン当たり25ユーロ(1ユーロ約125円)徴収することになった。
さらに先週金曜日になると、同50ユーロと倍額への引き上げが決まった。「25ユーロでは効果が小さいとロシア政府が判断したようだ」と穀物業界関係者は解説する。ここ数年、ロシアは毎年3000万トン以上を輸出する、ぶっちぎりで世界一の小麦輸出国だ。当然、世界に激震が走った。
今回の輸出規制は、昨年11月ごろから通貨のルーブル安が進み、国内のインフレ圧力が高まったことが理由とされる。食べ物の恨みは政治不安につながる。プーチン大統領が「食料の輸出を減らし国内に回せ」と首相に指示した。
トウモロコシや大豆でも波乱が起きた。アルゼンチン政府は年末ぎりぎりにトウモロコシの輸出制限を決めた。やはり国内消費者を優先させたいというのが理由とされる。こちらも3000万トンを超す大輸出国だけに騒ぎとなった。その後、農家の反発を受け、1日当たり3万トンまでの輸出を認めるなど同政府の迷走が続いている。
ワシントンにある国際食料政策研究所によると、昨年、19カ国が食料の輸出制限措置を発動した。その大半が世界貿易機関(WTO)への通報をせず、突然導入された。主に新型コロナウイルス感染の混乱防止が目的で、夏には解除されたところが多い。だが、今年になってロシアやアルゼンチンなど伏兵が現れた。
年明け、シカゴ先物相場はさらに急騰した。先週の米農務省発表で、米国内でトウモロコシや大豆の在庫が、市場予想を下回ったことが主な原因とされる。中国の旺盛な輸入意欲も一因だ。火に油を注いだのが、輸出大国による輸出規制であることは間違いない。
「ロシアなどの輸出規制によるわが国への影響は現時点で確認されていない」と農水省食料安全保障室の久納寛子室長は話す。確かに日本はこれらの国からあまり穀類を輸入していない。しかし、輸出規制が広がれば国際相場が値上がりし、日本へも影響は及ぶ。年明けから食料貿易に波乱の兆しだ。
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2021年01月19日
3
外国頼み危うい観光 経済構造転換が必要 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
GoToトラベル事業を巡る議論には、経済社会の構造そのものをどう転換するか、という視点が欠如している。GoToトラベルは都市部の3密構造をそのままにして、感染を全国に広げて帰ってくるだけだ。
GoToトラベルはあくまで観光であり、観光に依存した地域振興はそのままである。つまり、根本的には、都市人口集中という3密構造そのものを改め、地域を豊かにし、地域経済が観光や外需に過度に依存しないで地域の中で回る循環構造を強化する必要がある。
地域に働く場をつくり、生産したものを消費に結び付けて循環経済をつくるには、農林水産業が核になるはずである。農林水産業が元気で地域の環境や文化が守られなくては、観光も成り立たない。ましてや、輸出5兆円が実現できるわけがない。足元を見ずに、観光だ、インバウンド(訪日外国人)だ、輸出だ、と騒ぐのは本末転倒だ。
政府が何に力を入れていくべきかは明らかだ。地域の実態は厳しさを増している。集落営農組織ができていても、平均70歳を超え、基幹的作業従事者の年収が200万円程度で後継者がおらず、年齢をプラス10すれば、10年後の崩壊リスクが高い集落が全国的に激増している。また、農家の1時間当たり所得は平均で961円。後継者を確保しろとは酷である。
飼料の海外依存度を考慮すると、牛肉(豚肉)の自給率は現状でも11%(6%)、このままだと、2035年には2%(1%)、種の海外依存度を考慮すると、野菜の自給率は現状でも8%、35年には3%と、信じ難い低水準に陥る可能性さえある。国産率96%の鶏も飼料とひなの海外依存度を考慮したら自給率はほぼ0%だ。これでは地域コミュニティーを維持できるわけがないし、不測の事態に地域の住民や国民への量的・質的な食料安全保障の確保は到底できない。
GoTo事業のもう一つの問題は、経済を回して迂回(うかい)的に支援する仕組みにある。経済は回さずに必要な人に直接所得補償をすべきだ。感染抑止になるし、必要な人に支援が届くまでの中間で予算が雲散霧消する構造を打破できる。
予算の「雲散霧消」は今に始まったことではない。例えば、08年の餌危機には、国は緊急予算を3000億~4000億円手当てした。それを、そのまま緊急的な乳価補填(ほてん)などに使えば、機動的に畜産・酪農所得を支えられたが、乳価補填には100億円程度しか使われなかった。
大部分はどこへ行ったのか。なぜ、もっと直接的に農家の所得補償ができないのかと、食料・農業・農村審議会の畜産部会や農畜産業振興機構の第三者委員会において疑問を呈したのは消費者側委員だった。生産者と消費者は運命共同体だ。
今こそ、国の予算もシンプルで現場にダイレクトに届くように構造転換すべきときだ。
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2021年01月05日
4
心に与える価値見直し 農へのハードル低く 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
年末は自宅で紅白を見る人も多いでしょう。2020年最後のメッセージは何か、出場歌手の選曲に注目が集まりますが、国民的アーティストの松任谷由実さんは「守ってあげたい」を歌うそうです。ユーミンはライブ活動の場を失った音楽家たちの応援プロジェクト大使も務めています。そのインタビューでの言葉が印象的でした。
「アーティストがステージに立つのは、誰かに何かをしてもらうよりも、自分が誰かを喜ばせる方が、エネルギーがみなぎるから。こういう世の中だからこそ笑顔と親切を人にあげることができたなら、それは自分自身の力になる」
人に何かを供給してもらうのが消費者(ファン)ならば、生み出し与える人は、生産者(アーティスト)に他なりません。音楽や芸術が人の暮らしに豊かさをもたらすように、農も食料生産だけでなく、人の心に与える価値が見直されています。
筆者の住む東京・世田谷の農園では、コロナ禍で近隣の人の散歩が増え、収穫体験や庭先販売への需要も増し、都市農業への重要性が再認識されました。
また、静岡県浜松市引佐町にある「久留女木の棚田」では市民向けに棚田塾を開いていますが、自粛期間中、遠出をできない人たちが「何か手伝うことはないか」とこぞってやって来て、まさかの労働力過剰になったそうです。人は食べ物のみに生きるにあらず。息抜きや安らぎの場が必要なのです。
都市農業も中山間地も小規模で非効率ですが、多様な人が関わる居場所、癒やしやイベント空間としての需要はますます高まっています。農の現場に必要なのはそうした細やかなニーズを受け止めるセンスとマッチングではないでしょうか。
JA全農では12月から、旅行大手のJTBと提携して「副業」としての農作業の人材確保に取り組み始めました。職を失った観光業界の従業員に働く場を提供すれば、本人にも地域経済にも喜ばれます。既に70人の従業員が、かんきつの収穫作業に従事しているそうです。
受け入れのハードルを下げ、多様な農への関わり方を提案し、働く側の視点でマッチングすれば、農は都市の受け皿になり得ます。関わる人が増えれば、そこから本格的に農業を志す人も出てくるかもしれません。農ライフへ若者を(中高年でも)いざなう半農半Xや農福連携といった細やかなアプローチに来年は期待します。
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2020年12月29日
5
自家増殖制限と種の海外依存 公共的支援枠組みを 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
種苗の自家増殖を制限する種苗法改定の目的は種苗の海外流出の防止とされてきたが、その説明は破綻した。農家の自家増殖が海外流出につながった事例は確認されておらず、「海外流出の防止のために自家増殖制限が必要」とは言えない。
むしろ、「種子法廃止→農業競争力強化支援法8条4項→種苗法改定」で、米・麦・大豆の公共の種事業をやめさせ、その知見を海外も含む民間企業へ譲渡せよと要請し、次に自家増殖を制限したら、企業に渡った種を買わざるを得ない状況をつくる。つまり、自家増殖制限は種の海外依存を促進しかねない。
種苗法改定の最大の目的は知財権の強化による企業利益の増大である。環太平洋連携協定(TPP)では製薬会社から莫大(ばくだい)な献金をもらった米国共和党議員が新薬のデータ保護期間を延長して薬価を高く維持しようとした。基本構造は同じである。
また、農家の権利を制限して企業利益の増大につなげようとするのは、人の山を勝手に切ってバイオマス発電したもうけは企業のものにし、漁民から漁業権を取り上げて企業が洋上風力発電でもうける道具にするという農林漁業の一連の法律改定とも同根である。
そして、議論が許諾料の水準にすり替えられた。問題は、公共の種が企業に移れば自家増殖を許諾してもらえず、毎年買わざるを得なくなることだ。
また、登録品種は1割程度しかないから影響ないというデータの根拠も怪しいと判明した。かつ、在来種に新しい形質(ゲノム編集も)を加えて登録品種にしようとする誘因が高まるから、それが広がれば、在来種が駆逐されていき、多様性も安全性も失われ、種の価格も上がり、災害にも脆弱(ぜいじゃく)になる。
ただし、農水省を責めるのは酷である。自らの意思と別次元からの指令で決まったことに苦しい理由付けと説明をさせられているのが農水省の担当部局である。畜安法改定、漁業法改定、森林の新法も同じで、良識ある官僚は断腸の思いだろう。
安全保障の要の食料の、その源は種である。野菜の種は日本の種苗会社が主流とはいえ、種採りの9割は外国の圃場(ほじょう)だ。種までさかのぼると野菜の自給率は8割でなく8%しかない。新型コロナウイルス禍で海外からの種の供給にも不安が生じた。さらに、米・麦・大豆も含めて自家増殖が制限され、海外依存が進めば、種=食料確保への不安が高まる。
何千年も皆で守り育ててきた種は地域の共有資源であり、それを「今だけ、自分だけ、金だけ」の企業が勝手に改良して登録してもうけるのは「ただ乗り」による利益の独り占めだ。地域の多様な種を守り、活用し、循環させ、食文化の維持と食料の安全保障につなげるために、ジーンバンク、参加型認証システム、有機給食などの種の保存・利用活動を支え、育種家・種採り農家・栽培農家・消費者が共に繁栄できる公共的支援の枠組みが求められている。
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2020年12月01日
6
好調な米国の農家経済 補助金が支える意義 特別編集委員 山田優
米国の農家は今年、ウハウハの状態で年末に帯を結べるようだ。中国などとの貿易摩擦で農産物輸出に陰りが出たり、新型コロナウイルス感染の広がりで肉畜の出荷が滞ったりしたが、夏以降、穀物相場が予想以上に回復して挽回した。今月初めの米農務省の発表によると、食料危機で相場が高騰した2013年以来の現金収入が見込める。
順調な農家経済の背景には、膨大な補助金の存在もある。11月の大統領選挙を意識したトランプ政権は、貿易摩擦や新型コロナの尻拭いのため、今年、空前の約5兆円を農家に直接ばらまいた。同省の試算では政府補助金が農家の利益の39%を占めるというから、半端ではない。多くの農家が選挙でトランプ氏を熱狂的に支持した理由が分かる気がする。
手厚い共通農業政策が続いている欧州では、米国以上に補助金が農家経営の下支えになっている。例えば加盟国の一つフランスの場合、農業収入に占める直接支払いの割合は3割で、32万戸の対象農家の平均受取額は280万円になる(2018年)。サラリーマンで言えば、基本給に相当するような額だ。
「日本の農業は補助金で成り立っている」という批判を見掛ける。だが、桁外れの大規模農業が可能なオーストラリアやアルゼンチンなど一部の新興国を除き、先進国の多くで農業保護は当たり前だ。補助金で農家を支えないと、多くの家族経営が行き詰まる。農地が荒れ食料供給が滞り、地域のにぎわいも消える。農業が持っている多面的な機能が失われれば、国全体に大きな悪影響を及ぼす。
一方で、世界各地で近年農業保護の在り方に鋭い目が注がれるようになってきた。米国と欧州は来年、長期農業政策の見直しが本格化する。どちらも大規模な企業型農業に対する支援を削って家族農業の取り分を増やし、環境への貢献に応じた補助金に大胆に衣替えするべきだなどの議論が出ている。
国家財政の逼迫(ひっぱく)や経済格差の広がりが背景にある。かつて社会の弱者だった先進国の農家の多くは都会の低所得者に比べて豊かな生活を営むようになった。
「なぜ農業が大切なのか」。限りある税金から農業を支えることの理由が、これまで以上に世界中で問われている。
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2020年12月15日
7
規制強化と農産物輸出 国内市場の見直しを 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
グローバル種子・農薬企業に対する除草剤の裁判で、企業の内部文書が明らかにされ①早い段階から、その薬剤の発がん性の可能性を企業が認識していたこと②研究者にそれを打ち消すような研究を依頼していたこと③規制機関内部と密接に連携して安全だとの結論を誘導しようとしていたこと──などが判明した。
この除草剤については、国際がん研究機関を除けば、欧州食品安全機構、米国環境保護庁といった多くの規制機関が、発がん性は認められない、としている。しかし、裁判からも分かるように、規制機関に対する消費者の信頼は揺らいでいて、特に欧州連合(EU)では市民運動が高まり、それに対応して消費者の懸念があれば農薬などの規制を強化する傾向が強まっている。
タイなど、EU向け輸出に力を入れている国々は、EUの動向に呼応して規制強化を進めており、それが世界的に広がってきている。これがアクセルを踏もうとしている日本農産物の輸出拡大の大きな壁になりつつある。
遺伝子操作への表示問題もある。日本ではゲノム編集の表示義務がないので、遺伝子操作の有無が追跡できないため、国内の有機認証にも支障を来すし、ゲノム編集の表示義務を課しているEUなどへの輸出ができなくなる可能性がある。
世界的な有機農産物市場の拡大も急速だ。有機栽培はコロナ禍での免疫力強化の観点からも一層注目され、欧州委員会は、この5月に「欧州グリーンディール」として2030年までの10年間に「農薬の50%削減」、「化学肥料の20%削減」と「有機栽培面積の25%への拡大」などを明記した。
わが国でも「有機で輸出振興を」という取り組みも一つの方向性だ。しかし、世界の潮流から日本の消費者、生産者、政府が学ぶべきは、まず、世界水準に水をあけられたままの国内市場だ。除草が楽にできる有機農法などの技術を開発・確立し、一生懸命に普及に努めている人々がいる。国の支援が流れを加速できる。学校給食を有機にという取り組みも多くの人々の尽力で全国に芽が広がりつつある。公共支援の拡充が起爆剤になる。
そして、EU政府を動かし、世界潮流をつくったのは消費者だ。最終決定権は消費者にあることを日本の消費者もいま一度自覚したい。世界潮流から消費者も学び、政府に何を働き掛け、生産者とどう連携して支え合うか、行動を強めてほしい。それに応えた公共支援が相まって、安全・安心な日本の食市場が成熟すれば、その延長線上に輸出の機会も広がる。輸出だけ有機・減農薬の発想でなく、世界の食市場の実態を知ることから足元を見直すことが不可欠な道筋である。
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2020年10月27日
8
「食育菜園」で農に親しむ 自然敬い生産に感謝 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
「食育菜園」という言葉をご存じでしょうか。小中学校の子どもたちが野菜作りを通して心と体を育み、食や命、環境への理解を深める授業で、1994年、米国で地産地消(Farm to Table)運動を提唱したアリス・ウォーター氏により全米に広まりました。
カリフォルニア州バークレー市にある荒廃した中学校で、食育菜園(エディブルスクールヤード)活動を始めたところ、教師や生徒から地域の大人たちまでが一致団結し、校内外の治安が改善したというのです。
この食育菜園を日本で進めているのが、一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパン(以下ESYJ)代表の堀口博子さん。2014年から東京都多摩市立愛和小学校の全学年で菜園授業を実践しています。
先日、3年生のエダマメ収穫授業にお邪魔しました。子どもたちは校庭の一角にある菜園で、エダマメの根元を丁寧に掘り返し、根の張り具合や根粒菌、さやに生える産毛まで観察し、思い思いの発見をグループごとに発表していました。
食育菜園の特徴は、5教科と連携していることで、授業は各教科の担任とESYJで訓練を受けた講師(ガーデンティーチャー)の合同で行われていますが、子どもたちはこの新しい授業を初めから受け入れたわけではありません。「なぜ草むしりをしなければいけないのか。土は汚いもの」と言って嫌がる子までいたそうです。しかし、水をやり、花を観察し、膨らんでいくエダマメの世話をするうちに、目の輝きが変わっていきました。
また、地域の生産者を訪ねる授業もあります。袋詰めした野菜に値段を付けるところでは、丹精した野菜でお金もうけができることに歓声が上がったそうです。
新型コロナウイルスの影響で食や農への関心が高まったことは、国内農業を理解してもらうまたとないチャンスです。
生産者が直接関わる「食育」としては、「酪農教育ファーム」や、農泊における農体験など手法はいくつかありますが、子どもたちが日々命の成長と生産する喜びを知る場として、野菜栽培は最も身近です。
食育菜園がもたらす変化は校内にとどまりません。知識豊富な生産者へのリスペクトが生まれ、また農家の側も誇りとプライドを再確認できるでしょう。
新たな食育推進基本計画の作成が来年予定されていますが、食育で大切なのはルールの押し付けではなく、子どもが本来持っている「センスオブワンダー(自然や生命への驚きや感動)」を育むことではないでしょうか。
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2020年11月24日
9
スマート化で何をする? 新技術が経済格差に 特別編集委員 山田優
スマート農業が花盛りだ。本紙には無人の農業機械が畑を走り回り、ドローン(小型無人飛行機)や衛星から送られた情報に従って耕したり収穫したりする事例が、全国各地で登場する。
農水省のウェブサイトによると、「ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業」がスマートな農業だという。
高齢化や過疎で農村の人手不足が深刻な中、魅力的に見えるのは確か。省力化と品質向上の一石二鳥になるのであれば、期待されるのは当然だ。厳しさが強調される農業で、数少ない明るい話題といえる。
政府のスマート農業関連予算は拡充されている。デジタル化に熱心な菅政権でさらに農業のスマート化が進むことは確実。目指すのは農家がいち早くスマートになって競争力を高めることだ。
この場合の競争相手は、国内の他産地や輸出先の競合国などだろう。政府のスマート農業は、安倍前政権から続く攻めの農政とぴったり歩調を合わせている。成長するには競争するしかない。他人を蹴落としてでも強い農業を目指しなさいというわけだ。
新しい技術は私たちの暮らしや経営を便利にする一方で、社会のひずみを広げることもある。
ここ数十年の間に、世界中でITが浸透した。インターネットやスマートフォンがない生活はもはや想像しにくい。
半面で社会の経済格差は大きく広がった。ITをスマートに利用するごく一部の企業や富裕層が巨万の富を独占し、一方で多くの貧困層が生まれた。新自由主義的なさまざまな規制緩和と、ITの発展が結び付き、競争の勝者だけがおいしい思いをできるようになったからだ。
農業でスマートな技術がもてはやされ、気が付いたら農村に取り返しのつかない経済格差が生まれることはないだろうか。
人影のない田んぼで、無人トラクターとコンバインが走り回る。収穫した米は自動で乾燥調製機に運び込まれる。経営者の命令で全ての作業を指示するのは人工知能(AI)。従うのは地元の補助要員か海外からの研修生。
一つ一つの技術を見れば便利で営農に役立つものばかり。だが、こんな風景の中、一握りのスマートな経営者が、戦前の地主のように「旦那さま」として農村を歩き回る姿は見たくない。
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2020年10月06日
10
組織改正と行政力 食料産業発展に期待 元農水省官房長 荒川隆氏
師走の声を聞き、来年度予算編成も大詰めだ。予算の陰に隠れ目立たないが、役所にとって負けず劣らず重要なのが、組織定員要求だ。組織の形を定め、その格付けごとの定員(級別定数)を決める組織定員要求は、役人にとって自らの処遇や組織の格にも関わる大事だ。
橋本内閣が道筋をつけた2001年の省庁再編により、1府22省庁の中央官庁が再編され、現在につながる1府12省庁(当時)体制が導入された。役所の数を減らすだけでなく、各省庁の内部部局も一律に1局削減するとともに、全省庁を通じて局の数に上限が設定された。国土交通省や総務省など統合省にあっては、内局の数も多く問題はなかったろうが、単独省として存続した農水省では、どの局が削減されるか大議論になった。定員の割に局の数が少ない農水省で、5局(当時)を4局(当時)に再編することは難題で、結局、「畜産局」が廃止され耕種部門(農産園芸局)と統合し「生産局」が設置された。
今、その「畜産局」が復活するかどうかのヤマ場を迎えている。「生産金額では米を凌駕(りょうが)している」「今後の輸出拡大の目玉だ」など理屈はいろいろあろうが、それはそれで、「昔の名前で出ています」の感がなくもない。5兆円の新たな目標に向かい、今後本格化するだろう輸出攻勢を担う「輸出・国際局」の新設と「合わせ一本」ということだろう。
この組織改正の陰で見逃せないのが、飲食料品産業や外食産業などを所掌する部局の位置付けの変更だ。現在はその名の通り「食料産業局」が設置されているが、新組織案では、大臣官房に「新事業・食品産業部」なるものが設置されるらしい。わが国の食料・農林水産業の売り上げは100兆円で、そのうち農業が8兆円、林業・水産業は4兆円、残りは全て広義の食料産業部門だ。その食料産業部門を国の行政組織としてどう扱うかは、農水省の組織改正の歴史上、悩ましい問題だった。とかく1次産業偏重、農業偏重といわれてきたこの役所で、1972年に「企業流通部」が局に格上げされ、現在の「食料産業局」の前身である「食品流通局」が設置された。食料産業関係者の悲願が実現したのだ。
あれから50年、今般の組織改正が、よもや食料産業の格下げではないと信じたいが、はたからはそんな懸念も聞こえてくる。多忙な官房長が新たなこの部を直接指揮監督するのは難しかろうから、何らかの総括整理職が設置されるのだろう。それにより、「輸出・国際局」や作物原局(農産局、畜産局、林野庁、水産庁)との連携が今以上に図られ、食料産業のますますの発展につながる組織改正となることを期待したい。
凡人の懸念が杞憂(きゆう)で終わりますように。
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2020年12月08日