兄も私も弟も小学生でしたから、お菓子を食べたいんですよ。こういってはなんですが、ご飯もお年寄りが食べても大丈夫なように軟らかく炊かれているので、実家のご飯のほうがいい。でも私たちが到着する頃にはすでにボウルにお湯を張って、塩を用意して、すぐに握れる状態。張り切っている祖母に「いらん。お菓子がいい」とは言えなくて。
もう、“おばあちゃんのおにぎり”を食べたいと思っても、それはできません。食べたい時にはいないんだな。そう思うと、寂しい気持ちになります。祖母が作ってくれた昔ながらのカレーや肉じゃがも、今になってはおいしく懐かしい味です。
実家での食の思い出というと、ギョーザのみそ汁。晩ごはんにギョーザを食べた次の日の朝は、絶対にこれが出ました。普通のみそ汁に、余ったギョーザを入れるんです。母が「ギョーザ、何個?」と聞くと、「3個」とか「4個」と答えて。まるでお雑煮の餅みたい。みそ汁に入れると、皮が軟らかくなってワンタンみたいに。その食感も好きでした。
東京で一人暮らしをして分かったのですが、ギョーザのみそ汁って、他の家では食べないんですね。皆さん、知らないと言うんです。それで作って差し上げたら、サンドウィッチマンの伊達(みきお)さんに「ギョーザを入れただけじゃねえか」とめちゃがっかりされました。
たとえば、ある芸人さんがすごく安い居酒屋で「飲み物も食べ物も、僕が1人1000円以内で収めます。任せてください」と仕切ってくれた時のこと。料理として魚肉ソーセージが来ました。一皿に5切れ載っていたんですね。それを「皆さん、魚肉ソーセージは1人1切れでお願いします」と言われて。マグロのような高級な刺し身を1人1切れというのなら分かるんですけど……。私のテーブルには5人いたので、1皿を皆で分け合いました。
続いて鶏の唐揚げが来たんです。「わーい、唐揚げだ」と喜んだんですが、1皿に4個しかないんですよ。5人でじゃんけんをして、勝った3人が1個ずつ、負けた2人で1個の唐揚げを半分ずつ分ける姿を見た時に、ああ、なんて貧しいんだという気持ちになりましたね。
飲み物と食べ物を買い込んで、公園で打ち上げをすることもよくありましたが、カップ麺を何人かで回し食べを始めた時には、私はいらないと言いました。人数が減って、1人分の量が増えた、と喜んでいる姿を見た時は、もう嫌だと感じました。
若い頃にちゃんとした食事をしなかったことが影響しているのかどうかは分かりませんが、40歳を過ぎた頃から体にガタが来たんです。
特に鼻炎に悩まされ続けました。病院で検査しても、何のアレルギーか分からないそうです。薬だけは処方してもらいましたが、このまま薬を飲み続ける生活になったら体に悪いと思い、食事を見直して野菜をたくさん取るようにしたんです。また、ブルーベリーが良いらしいと聞いたのでたくさん食べるようにしました。すると半年くらいたった頃、薬を飲まなくても鼻水の症状が抑えられていることに気が付きました。
食べ物が人間の体にとってどれだけ大事なのか、考えるきっかけとなりました。食材の生産者に感謝したいですし、もし機会に恵まれたなら自分も野菜や果物作りにチャレンジしたいと思っています。
1976年、福岡県生まれ。「元祖チーママ」→「修羅鬼」→「しらきちはる」→「嗚呼!しらき」と改名を重ね、2013年に「あぁ~しらき」の名に。師匠はサンドウィッチマンの伊達みきおさん。「女芸人No1決定戦 THE W」では、18年、23年と2度決勝に進んだ。八幡カオルとのコンビ「ババンバー」、モダンタイムスとのトリオ「妖怪客ふやし」として、Mー1グランプリに出場したこともある。