以前、東京で新規就農イベントを取材した時、就農者を募っている作物に、偏りがあるように感じた。新規就農者は、どういった品目をどんな理由で選んでいるのか、当初の希望通りの品目で就農しているのか。記者が取材の拠点としている愛知県で聞いてみた。
産地の支援体制が決め手 「研修→部会加入」の安心感
愛知県では、就農予定者向けに経営や農業の基本知識が学べる「ニューファーマーズ研修」と呼ばれる講座を設けている。本年度は果樹や露地野菜などで就農を予定している21人が講習を受ける。そのうち、3人の研修生と2人の卒業生に話を聞けた。
計画立てやすく
同研修受講生の河村春樹さん(40)は、豊田市とJAあいち豊田が共同開催する研修「豊田市農ライフ創生センター桃・梨専門コース」で実習する。イチジクが好きで両親のいる同市でイチジクの栽培を希望していたが、同市で新規のイチジク農家になるには農地や研修受け入れ先を探すなどハードルが高かった。一方、桃・梨では、農地の紹介や研修の受け入れ先が充実していたため、希望品目を変更した。「研修後はJAの桃梨部会に入ることが決まっている。部会からのサポートを受けられることも背中を押した」と振り返る。
農水省の経営開始資金を受け取る条件の認定新規就農者になるのに必要な就農計画「青年等就農計画」では経営開始から5年後に、農業所得(売上―経費)250万円以上の計画を立てる。新規参入者にとって、計画の立て方や売り上げの上げ方は見当が付かない。就農後のイメージや計画を作る中、研修の充実や研修後のサポートは魅力的だ。同研修生の多くが就農後にJA部会に入る。
同研修の卒業生で、河村さんと同じ豊田市の桃梨コース出身の杉本泰祐さん(29)は就農3年目。豊田市出身で子どもの頃、近所のブドウ農家を手伝い、果樹農家に憧れた。市内で就農するなら生産が盛んな桃、梨が良いと思っていたところに、同コースが始まり応募した。「子どもの頃の経験がなければ、果樹じゃなくて野菜だったかもしれない」と話す。就農時は市から60アールの農地を借り、部会員から農地を譲り受け、現在1ヘクタール以上で栽培している。「研修で、部会の講習会や目ぞろえ会に参加できた」と研修の重要性を話す。
希望と現実に差 愛知県が2021年度に設置した「農起業支援ステーション」は、農業を始めたい人向けに支援制度の説明や情報提供を行う相談窓口だ。
昨年度は278人から相談があった。相談者は30代と40代で6割、20代と50代がそれぞれ14、15%を占め、約半数が会社員だ。栽培希望品目はイチジクやイチゴ、ナスなど県内に産地があり、研修の充実した作物が好まれる一方で、県内に研修体制のないブルーベリーやレモンなども上位に入る。
窓口の担当者は、インターネットや本で情報収集する人がこれらの作物を希望する可能性が高いとみる。特にブルーベリーは県内に有名な観光農園があるため、希望者が多いと推測される。窓口では、本人のやる気を尊重する一方で、自己資金も踏まえて希望する作物が現実的かどうか伝えている。
産地や研修先のない作物は、農地や出荷先などを自分で見つける必要がある。就農後も周りから営農技術面でのアドバイスや支援が十分受けられないといった不安要素が多い。窓口担当者は「農業は地域と直結している。整った研修制度を利用して地域の人たちに受け入れてもらうのが第一」と助言する。
<取材後記>
取材中、新規就農した大学時代の友人がストレスで難聴になったと本人から連絡があった。今年は野菜がうまく育っていないらしい。「自分が気に入った野菜を作って、売る」がポリシーの彼は、多品目の野菜を栽培し、出荷先を開拓している。それぞれの野菜の特性を考慮して育てながら、販売先を見つけるのは大変だ。体力、発信力、営業力などが必要だ。
今回、取材した研修生の多くがJAの部会に入る。部会に入ることで出荷先を確保できるのはもちろん、技術のサポートも受けられる。就農希望者が安心して参入できるよう、研修の受け入れ体制を各産地で整える必要がある。動向を引き続き取材していきたい。
古庄愛樹
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