観光客でにぎわう一方で農家が泣いている――。美観が有名な北海道の富良野と美瑛。観光客の復活による地域経済の活性化に期待がかかる一方、JAや農家は農地への無断立ち入りによる病害虫侵入や、作物が踏み荒らされることに危機感を強める。「日々の営農努力で守られている景観の背景を知ってほしい」と呼びかける。
尾原浩子
靴底 意図せず〝運び屋〟 病害虫持ち込み
小麦畑の黄金色、ラベンダーの紫色、ジャガイモやテンサイの葉の緑色に地域が染まる7月。多くの観光客が訪れる中、JAふらのの植崎博行組合長が、悲しそうな表情を見せた。「種子芋畑は病原菌が入ると全滅する。メロンも小麦も病気に弱い。地域は全国屈指の観光地と同時に多くの農作物の産地。観光客は、景観をつくり出す農家の苦労に思いをはせてほしい」
JA管内の富良野市、上富良野、南富良野、中富良野の3町、占冠村はいずれもリゾート地。最大の観光資源は景観だ。山や湖などの自然と農家が毎日耕す畑のコントラストが人々を魅了する。
だが畑に無断で立ち入る観光客が後を絶たず「被害は深刻」。靴などに付着した病原菌や病害虫が、畑に持ち込まれることが脅威だ。JAは管内各地の畑近くに看板を設置。上富良野町だけでも50カ所以上に設けた。タクシー会社や道に対策を求めたこともある。
<下に続く>
例えばジャガイモシストセンチュウは、根の生育が阻害されて収穫量が大幅に減る被害をもたらすが、防除が非常に難しい。一度畑に広がると根絶が難しく、農家は懸命に対策をしている。汚染された畑は、種子芋の栽培が困難になりかねない。虫の移動距離は限定的だが、人が畑に侵入することで被害が広がる。
観光客はこうした事情を知らず畑を往来する。他に「コムギなまぐさ黒穂病」の侵入といった懸念がある。
コロナ禍で観光客が減ったことで、被害は激減していた。だが、今夏は観光客が戻っている。植崎組合長は「うれしい半面、防疫で心配が大きい。菌が持ち込まれないよう観光を楽しむ一方、農家の苦労も知ってほしい」と話す。
無断駐車で作業に支障 畑への立ち入り
広大な丘陵地帯が広がる美瑛町。輪作でパッチワークのような美しい農作物の景観を楽しめる。ただ農家にとって観光客の増加は、畑の侵入被害につながる。畑沿いの道に無断で長時間駐車され、トラクターが移動できないこともあった。
町の農家らは2019年、プロジェクトによるクラウドファンディングで、300万円を上回る資金を集め「美瑛の景観は農家の営みによるものだ。ここから先には入ってはいけないと気付いてほしい」との思いを込めた看板を製作。農地と道路との境界に設置した。
このプロジェクトの代表で畑作農家の大西智貴さん(37)は「観光の負のしわ寄せが農家だけに来ている。農家も観光をプラスに感じられるよう、農業と観光が共存できればうれしい」と願う。