夫の故郷の熊本県南阿蘇村で就農して20年目。一粒の種から実ることの面白さは何年たっても薄れず、毎年感動します。私たちの米を買ってくれる人も増えました。主食を作っているからこそ供給する責任を感じますし、「収量が上がらなかったらどうしよう」と不安にもなります。
地域農業の危機に直面した20年でもあります。集落30世帯のうち後継者が農業をやっているのは、わが家だけ。借り受ける田んぼは年々増え、就農当初の5倍に広がりました。
戦後の貧しい時代から豊かさを求め続けた結果、国産の大事さをそれほど考えずとも、食べ物が潤沢に手に入る環境になりました。
一方で、農業を担う人が減り耕作放棄地は増え続けている。しかも自然災害は年々甚大になっている。困るのは農家だけじゃなくて、食べ物を必要としている全ての人ですよね。「みんな不安にならないの」「私たちが辞めてもいいの」という思いを持ち続けています。
農業の持つ役割は食料供給だけではありません。水路を整備し、あぜの草を刈るのは農家にとって当たり前と感じるけれど、景観を守り、国土そのものや生物多様性の維持につながっています。農業なくして持続可能な社会はありません。だからこそ国産だと思うんです。人間が生きるのに必要な環境のベースを農家がつくっていることは、もっと伝わったらいいなと思います。
私が代表を務めるNPOの田舎のヒロインズでは、農業に携わる女性と食や農に興味のある人をつなぐ活動をしています。新型コロナウイルス禍に対応し、ウェブ農場見学ツアーや、ポッドキャストを使ったラジオ配信を始めました。想定より多くの方々が注目していて、視聴回数が1000近くのものもあります。農業を知りたいと思う人は、実は多いのだと感じます。
南阿蘇村で生まれ育った4人の子どもには、東京で育った私にはない感覚があります。新米を初めて炊いた日は、新米だと言わなくても「お代わり!」という声が必ず出ますし、ご近所からもらったミニトマトを食卓に出したら「これ、誰の?」って聞かれます。
食と農が近くにあるから、違いや変化に気付く力が育まれるのだと思います。(聞き手・三宅映未)
おおつ・えり 1974年6月東京都生まれ。熊本県南阿蘇村で夫と共同で法人、O2ファームを経営。有機質肥料で米6ヘクタールを栽培。2017年に国連食糧農業機関(FAO)の「模範農業者賞」受賞。4児の母。
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さまざまな立場から食と農を見詰め続けてきた人たちは今、何を思うのか。「フードエイジ」第5部、「国産へのまなざし」は、著名人、専門家に日本の農業がもたらした恵み、それを守るために人々はどう行動すべきかを聞く。(おわり)