産地事例紹介
「朝恋(あさごい)トマト」ブランドで中玉トマトを生産する滋賀県近江八幡市の浅小井農園。代表の関澤征史郎さん(41)は、メガバンクの銀行員からの転身組だ。就農前の研修先だった同農園で、当時の代表者に後継者がいないことを知り、第三者継承で経営を譲り受けた。トマト栽培の傍ら銀行員時代の知識や経験を生かし、新規就農者への金融アドバイザーとしても活動の場を広げる。
関澤さんは銀行員時代、中堅の中小企業担当の法人営業だった。経営者たちが自分の信念や夢を持ち、毎日生き生き仕事する姿を見て、このままサラリーマン人生を送るか、起業するかを自問した。体力面や国の支援制度などを勘案し、37歳で就農を決意。反対する妻を4枚にわたるプレゼンテーション資料で説得した。
妻の出身地である滋賀県で、行政から研修先に紹介されたのが浅小井農園だった。2018年11月に同園に研修生として入り、そこで当時の代表者で現会長の松村務さん(69)と出会った。研修期間中に松村さんに後継者がいないという話を聞いた。「どうしはるんですか」という関澤さんに、「最悪、廃業するしかない」と答える松村さん。定着した「朝恋トマト」ブランドや地域の財産である農園が、後継者がいないばかりに失われてしまう。それはあまりにもったいない。銀行員時代、社長の急逝などで事業承継が困難になり廃業に追い込まれる会社を見てきた。その記憶が重なる。
研修終了の1カ月前、関澤さんは自分に経営を任せてほしいとプレゼン資料を作り松村さんに第三者継承を依頼。「渡りに船」と快諾してもらった。登記手続きに要した時間も含め、提案から承継まで8カ月。「株式譲渡契約書」を締結することで、会社が保有する資産をすべて承継する形だ。事業承継は20年10月に完了した。
現在、浅小井農園は2棟で8000平方メートルの高軒高ハウスで、11月から翌年7月まで130トン収穫。今年は150トンを目指す。労働力は正社員5人、パート10人。
中玉トマトで黄化葉巻病抵抗性のオランダ品種「アナーカ」を栽培。果実は35~40グラムとやや小さめだ。課題は着果性が良すぎるため、バイオスティミュラント資材の「ハーモザイム」を葉面散布し着果負担を和らげている。その効果で冬春には増収となった。
同農園は先代の松村会長時代から、持続可能な開発目標(SDGs)宣言をし、廃食油をハウス内の暖房用燃料に活用。県内業者が回収し精製したバイオディーゼル燃料(BDF)を購入し、ハウス内の廃食油用大型温風加温機2台で補助暖房として使い、燃料の2、3割を賄っている。
関澤さんには生産者の顔の他に、新規就農者を支援する金融アドバイザーの顔がある。自身が新規就農を目指していた時、周りに金銭面の理由でその夢をあきらめる人がいた。聞けば借金が怖いという。元銀行員の関澤さんから見れば、正しく借りれば乗り越えられる壁に思えた。ならば自分の知識や経験で、新規就農者の手助けができないかと始めたのが金融アドバイザーだった。
今は月に1、2回、農業大学校や大学の農学部などで教壇に立ち、融資の受け方や資金計画の立て方などを講義している。
「朝恋トマト」は、糖酸度の高い濃厚なトマト。加熱すると、さらに味が良くなるため豚肉を巻いた炭火焼きやピザにも合う。
規格外品はフードバンクに提供しているが、有効活用を研究する大学生グループから絵の具に使えないかと提案された。乾燥させ粉末にして練り込むと、美しいオレンジ色になる。
関澤さんは、「トマトの将来性は付加価値付けにある。例えば『トマト大福』のようなさまざまな食べ方の提案。プロの料理人や大学生などを巻き込んで、トマトの新たな領域を広げていきたい」と意気込む。
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