1970年代後半以降ほとんど確認されていなかった水稲の害虫・イネカメムシの発生地域が再び急拡大している。本紙「農家の特報班」の調査で、南東北~南九州の33府県で発生を確認していることが分かった。斑点米だけでなく、不稔(ふねん)の被害をもたらし、収量を大きく落とす地域もある。発生再拡大の原因や生態は未解明な点が多く、防除にも課題がある。
農水省は「斑点米カメムシ類」の発生状況は集計するが、イネカメムシ単体では把握していない。47都道府県の病害虫防除所などに取材した。発生の確認方法は県による調査や現場からの報告などさまざまだが、茨城や滋賀など早い県では2000年代から同害虫の発生を確認。10年代に入り、発生県が増えた。
19年以降の5年間では、13県が斑点米カメムシ類に対する発生予察注意報でイネカメムシに言及していた。19年は2県だが、23年には8県に拡大。他に、5年間で少なくとも9府県が「技術情報」「防除情報」などで注意を呼びかけた。各県内でも、発生地域が徐々に拡大し、特にここ2、3年で発生が急増しているという県が多い。
大阪、奈良など被害報告のない府県もあるが、多発した水田では収穫皆無など大幅な減収をもたらす場合がある。愛知県尾張地方は、今年産の水稲の作況指数が94の「不良」。東海農政局は「高温とカメムシの食害で不稔もみが多く見られた」とする。鳥取県南部町では今年、飼料用米の平均収量が前年より3割減った。同8割減った農家もあり、支援策を県知事に要請した。
発生県によると、被害は早生や晩生の品種で目立つ。早生は越冬成虫が最初に侵入するため被害が集中しやすく、晩生は越冬成虫から生まれた第1世代の羽化期と出穂期が重なるためとみられる。だが、長期間の未発生や人工飼育が難しいことから研究が進んでおらず、発生再拡大の原因は「分からない」とする県がほとんどだ。
作期分散要因か
農研機構の石島力上級研究員は、規模拡大や新規需要米の作付け増に伴う作期分散・長期化が要因とみる。早生から晩生まで多品種を栽培するようになり、同害虫が餌とする出穂直後の穂が水田に存在する期間が長期化。地域内で繁殖と移動を繰り返し増えやすくなったとの見方だ。
龍谷大学の樋口博也教授は、特に晩生品種の影響を指摘する。樋口氏によると、同害虫は年に最大2回繁殖。晩生品種が栽培されていると、9月中旬以降に羽化する2世代目が発生しやすくなる。温暖化による越冬時の生存率向上もあり、個体数が増えたとみる。
防除前倒し鍵、課題も
イネカメムシは1950年代まで水稲の主要害虫だったが、農薬の普及などを背景に、70年代後半以降は目立った被害がなかったとされる。埼玉県は絶滅危惧種にも指定しているが、今年、発生が増加傾向にあるとして注意報で言及した。福島県では今年、県南部のいわき市で県内42年ぶりに確認した。
対策として、発生県の多くは、防除時期の前倒しを指導する。他の斑点米カメムシ類は出穂7~10日後を1回目の防除の目安とする県が多いが、イネカメムシは成虫が出穂直後に加害して不稔をもたらす。このため、出穂期に確実に効果が現れるように1回目の薬剤を散布するのが重要だ。また、主に幼虫の加害による斑点米を防ぐため、出穂7~10日後にもう一度散布する。
農研機構の石島力上級研究員は「地域で面的に防除できれば、個体数はかなり減らせる」とみる。ただ、共同防除では適期の散布がしにくい場合があり、2度の薬剤散布はコストや作業負担が増える。実際には、実行が難しい地域もあるとみられる。
一方、同害虫は他の斑点米カメムシ類と異なり、出穂前に水田周辺の草を刈る対策で被害を防ぐのは難しい。水稲以外のイネ科雑草には寄生せず、雑草地から水田に移動する習性がないためだ。生態も未解明の点が多い。畦畔(けいはん)や休耕田、河川敷だけでなく、雑木林などでも越冬が確認されている。
収穫まで被害気付かず
不稔になると、穂には殻ばかりで中身のないもみ(しいな)が付き、穂は傾かず直立したままとなる。複数の県によると、収穫まで被害に気付かず、刈り取り前の被害申告が必要な水稲共済が支払われない農家もいる。被害を受けても、同害虫の存在を知らないため、発生していることや不稔・斑点米の原因だと気付かない場合もあるという。生態の解明や有効な防除法の確立に加え、農家への周知も急務と言えそうだ。
成虫は茶褐色で体長12、13ミリになる、大型の斑点米カメムシ類。餌は水稲への依存性が高い。成虫で越冬して水田に侵入し、出穂直後の穂を吸汁。もみの成長を妨げ、不稔をもたらす。穂ぞろい期以降は主に幼虫が穂の基部を加害し、斑点米を生じさせる。
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