[論説]食料有事への備え 平時から農業の強化を
法案の背景には、食料供給を巡るリスクの高まりがある。気象災害、戦争、感染症、円安などの「複合危機」が、食卓を襲う。食料・資源ナショナリズムの台頭で、日本の買い負けは常態化。不測の事態となれば、「農業小国、食料輸入大国」日本の先行きに、飢えが待ち構える。
新法の狙いは「食の危機管理」を政府一丸で行うこと。米麦、大豆、肥料、飼料などを重要品目に指定し、事態の深刻度に応じて生産・出荷調整や輸入を促す。供給量が2割以上減った場合、政府は生産者や事業者に食料確保に向けた計画の策定を指示。計画の届け出がなければ20万円以下の罰金を科す。ただ計画通りの作付けができなくても罰則はない。事態がさらに深刻になり、1人当たり1日の供給熱量が1900キロカロリーを下回る恐れがある場合、政府が米やサツマイモなどへの生産転換を要請・指示する。
緊急時に政府が一定の強制力を持って、不当な買い占めや売り惜しみを防ぎ、増産を指示することは理解できる。
問題は、生産基盤の弱体化で有事への実効性ある対応が担保できないことだ。農畜産物の輸入自由化を推し進め、家族農業を軽視した新自由主義的農政の帰結が、今日の事態を招いたことは否めない。まずその反省と総括をすべきだろう。
国会審議の論点は、まず「私権の壁」。一部野党は、罰則をちらつかせ作付けを強制しかねない「戦時食料法」と批判する。農業者からは、増産を要請するなら平時から再生産できる所得補償を求める声が上がる。食料・農業・農村基本法改正案は食料安全保障を柱に据えており、国内生産の立て直しこそ急務だ。
次に「財政の壁」。食料確保に向け、生産や物流調整に介入するとなれば、生産者や事業者への損失補償、作付変更に伴う価格補償など財政負担は膨大だろう。政府は、要請に応じた際には、必要な財政措置を講じるとするが、不透明さは否めない。
最後は「国民理解の壁」だ。私権制限や財政負担に対する国民の理解がなければ、有事対応は進まない。政治への信頼が不可欠だ。
食と農の危機にどう備えるかは国民の課題だ。政府、国会任せにせず、現状を直視し、議論することが重要だ。食卓や生産現場から「食の主権」に思いを致す時である。