飼料高騰などによる酪農危機の中で迎えた6月の牛乳月間。東京・吉祥寺のこだわり牛乳専門店を取材してほしいとのメッセージが本紙「農家の特報班」に届いた。駅構内の老舗ミルクスタンドと牛乳好きの常連客を取り上げた5月の本紙記事を読んだという。
飲み比べて「全然違う」
カフェや雑貨店が立ち並ぶ吉祥寺駅前から西に300メートル。金曜日の午後、記者は東京都武蔵野市の「武蔵野デーリー クラフトミルクスタンド」を訪ねた。店の前の休憩スペースには、この日、出会ったという5人の客がわいわいと話していた。手に持つのは牛乳だ。
「これはあっさりしていておいしいよ」
武蔵野デーリーは、全国の放牧牛乳を中心に月替わりで3、4種類のご当地牛乳を提供する。営業は金~日曜日だけ。人気は「3種飲み比べセット」(700円)だ。牧場の特徴や味わいなどを紹介するカードが付き、購入客はそれを読みながら味の違いを楽しむ。
この店に集まる人も牛乳好きばかりだった。毎日1リットル飲むと話す新宿区の30代の主婦は「飲み比べると味が全然違う。放牧牛乳はさらっとしているのにコクがある」と教えてくれた。店を訪れて「牧場ごとのこだわりを知り、もっと飲みたいと思った」という。
「季節で味が違う。好みを見つけるのが宝探しみたい」と話したのは武蔵野市の女性(52)。常連客で「東京からも酪農家を応援したい」という。同市の30代の女性会社員は、この日初めて放牧牛乳を飲んだ。感想は「さっぱりして、ほんのり甘い」。報道で酪農危機を知り、やはり「応援したい」と話す。
吉祥寺で100年以上続く牛乳販売店・武蔵野デーリーが同店を開業したのは2022年。副店主の木村充慶さん(37)が全国150の牧場を訪れ、厳選した約40の牛乳を扱ってきた。8割が放牧経営だ。「伸びやかに飼い、さっぱりした味わいになる」と、放牧に感銘を受けたという。
一般に、牧草を自給する放牧酪農は牛舎飼いよりコストを抑えられるが、冬場の飼料代の高騰などで打撃を受ける。
木村さんは「生産者のストーリーに興味を持ってほしい。生産者と消費者をつなぎ、牛乳の消費拡大につなげたい」と語る。
四季で変化“生きた味”
「自分の思いが東京の消費者に伝わっている」。同店で取り扱う牛乳の生産者の一人、広島県三次市で23頭のジャージー牛を通年放牧する二本松牧場の織田正司さん(47)。
牧草だけで飼い、搾乳は草の状態が良い5~9月に限る。乳量は落ちるが、牛への負荷軽減とともに、放牧ならではの牛乳の味を多くの人に知ってほしいとホルスタインの牛舎飼いから10年に切り替えた。
「飲み口がさらっとして、四季によって味わいが変化する。“生きた味”なんです」
実は昨年、廃業も考えていた。冬場の牧草代の高騰に加えて電気代の上昇、機械や設備の更新費などが重なったためだ。しかし同店から「連日お客さんが来たよ」との知らせが届き、支えになった。「うれしくて。なんとか踏ん張ろうって」
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