野生の熊が人間の生活圏に相次いで出没し、農作業中の人身被害も後を絶たない中、人間の生活音などに慣れた「新世代熊」への懸念が高まっている。従来の熊よりも行動範囲が広がっている上、追い払い対策の効果も薄い。専門家は、屋外での作業が多い農家は特に注意が必要で、熊を近づけないための対策の徹底を促す。
爆竹を鳴らした場所に再び現れる。山からは遠い市街地を平然と歩き回る――。
岩手県の盛岡猟友会の事務局長、稲葉順一さん(66)は盛岡市の非常勤職員として、わなによる熊捕獲や人里に現れた熊の追い払いに携わる中、そうした熊を何度も見るようになった。「人に慣れた熊が増えてきた。以前はそんな熊は見かけなかった」
今後は熊が好むデントコーンやリンゴが収穫期を迎える。稲葉さんは「農作業中、熊もこちらに気付かず突然に近距離で出合うと、襲われてしまう」と指摘。農家は作物の被害だけでなく「身の安全を守ることにも最大限警戒してほしい」と訴える。
岩手県では4月から8月7日までに、15件16人の人身被害が発生。6月には、二戸市で農作業中の高齢女性が熊1頭に顔を引っかかれて負傷した。
人身被害が例年に比べ多かったことを受け、同県は今年5月、2016年以来、2回目の「ツキノワグマの出没に関する警報」を発表。ホームページ(HP)や交流サイト(SNS)などを通じ県民に広報している。
宮城県は、住宅街などで熊の目撃や通報が相次いでいることを踏まえ、熊に対する注意を促す「クマ出没シーズン予報」の発表を今年から始めた。今年は「平年より出没が多い」と見込み、HPなどで発信している。
同県内では住宅街での出没も確認されており、6月以降、熊による人身被害が2件発生している。熊が食べるドングリなどの堅果類が昨年、「並作」で推移。県は「山に餌が豊富にあり、雌熊の出産が盛んだったことから今春の出没数の増加につながった」(自然保護課)とみる。
常に遭遇リスク 鈴など自衛を
野生熊の生態に詳しい福島大学食農学類の望月翔太准教授の話
耕作放棄地など、人の手が入らない場所が増え、熊の活動範囲が広がったことで、人里に近い場所で生まれた「新世代熊」が増えている。生まれた時から車の音や人の話し声を聞き慣れていて、人里に降りてきやすい。農作業中、いきなり遭遇するリスクも大きく、注意が必要だ。
ただ、新世代熊であっても、人間に積極的に近づく可能性は低い。遭遇を避けるには、熊が普段聞くことがない鈴やラジオなどの音の出る物を携帯し、人が近くにいることを知らせるという基本を励行してほしい。
イヤホンを着けて農作業をしていると、周囲の異変に気付きにくい。農家は「いつ熊に遭遇してもおかしくない」と常に警戒しながら作業に当たってほしい。
各地で人身被害 秋にかけ要警戒 今年10道県39人死傷
今年の熊による人身被害は既に全国で39人、10道県で確認されている。被害状況を取りまとめている環境省は今後、秋にかけて熊が餌を探し回るシーズンに入り、人身被害が増える恐れもあるとして、農作業を含め屋外での作業に警戒を促す。
同省の6月末時点の調査によると、被害人数の最多は岩手県の13人。秋田県の5人、北海道の3人など東北以北での被害が多かった。
その他、長野県で4人、島根で1人と本州各地で確認されている。北海道では1人が死亡した。
同省は「冬眠前の秋にかけて熊の行動が活発化する。人身被害が増える可能性もあり、これから一層、警戒が必要な時期に入る」(鳥獣保護管理室)と指摘する。