新型コロナウイルスの感染が全国に拡大していた昨年、恒例の販売会は規模の縮小を余儀なくされた。今年は感染防止対策をしながらの開催ではあるが、ラジオなどで積極的に集客できた。それでも、牛汁作りを差配していた部会長の仲大盛吉幸さん(65)は「1年前は最悪だった」と振り返り、厳しい表情を見せた。
クラウドファンディング、島外販売に活路
JAおきなわによると、石垣島が属する八重山地区家畜市場は県内1位の取り扱い頭数を誇る。温暖な気候条件の下、海風を浴びた牧草を食べて育つ子牛の品質が評価され、全国から購買者が訪れるようになった。そこに着目し、地域活性策として島内での肥育を本格化させ、02年にブランド化したのがJAの「石垣牛」だ。年間出荷数は800頭前後と少ないが、子牛の約9割が県外に出荷される中、石垣牛は消費先の8割ほどが観光客だった。石垣市内に焼き肉店が軒を連ねている理由だ。
コロナ禍は、そんな島特有の流通・販売体系を直撃した。政府が全国に緊急事態宣言が出た2020年4月、観光客の姿は消えた。島の枝肉市場は、月に10頭分ほどと、コロナ前の3分の1程度しか売れなくなった。翌5月、JAおきなわ八重山地区畜産振興センターが石垣牛のクラウドファンディング(CF)を始めたのは、わらをもつかむ思いからだった。
島内には当時、半年後の秋の出荷を待つ200頭以上の牛がいた。JAの「石垣牛」は去勢で月齢35カ月、雌で40カ月以内という基準がある。期間を過ぎれば価格が下がり、肥育農家は採算割れに直面する。CFでの投資を呼び掛ける文章には、隠すことなく産地の窮地をつづった。目標額(1000万円)を大幅に上回る1789万円の支援が1127人から集まり、半数は関東の人々からだった。だが、出荷できたのは6頭ほどだった。
「量を売る流れを作らなければ」。JAおきなわは、首都圏を中心にした肉卸「ニイチク」に相談を持ち掛けた。島内消費でブランド牛を築いた石垣島にとっては大転換となる。そんな島内関係者の思いに同社は応え、20年は出荷期限を超えた牛は出なかった。
21年3月、同社やJAなどが発起人となり、石垣牛の流通拡大を目指す協議会を設立した。首都圏の飲食店や、百貨店に販路を持つ肉卸など24社・団体が参加し、新たな流通・販売網の構築を進めた。
島内販売維持するため肥育増めざす
ただ、売り先が増えても島内で肥育する牛が増えたわけではなかった。「首都圏と島内、供給量との折り合いをつけながら販売している状態です」。石垣牛が直面した「新たな課題」を指摘するのは、地元肉卸・合同会社八重山パーツミート代表社員の上原健二さん。限られたパイをどう分配するかで頭を悩ませる。
牛の肥育には2年以上必要で、肥育農家は数年先の相場も読みながら頭数を決める。新型コロナ禍の収束が見えない中、飼料の高騰なども重なり、肥育から離れる農家も少なくなかった。販路を拡大したとはいえ、すぐに肥育を再開したり頭数を増やしたりすることはできない。
石垣牛の消費を長年支える飲食店とは「『きょう肩ロースを持ってきて』と電話一本で言われる距離感」だという。同社は数カ月前から計画する県外の取引先との調整に悩んだ末、自社で肥育牛舎を建てることにした。上原さんは「なんとかして頭数維持の支えになりたい」と語った。
JAと部会は11月、取引先との協議で枝肉せりの基準「打ち出し値」を改めた。等級ごとの評価に加えて脂肪交雑基準(BMS)の値を価格に反映し、肥育農家の努力に価格で応えるものだ。JA石垣牛肥育部会長の仲大盛吉幸さん(65)は「肥育離れを止め、新しい流通の流れも継続したい」と語った。
苦しいときに乗り越える力を
「まだ肥育をさせてもらえる」。肥育農家の小波本英良さん(52)が誰に言うでもなく感謝の言葉を口にした。
新型コロナ禍の状況は、01年に国内で牛海綿状脳症(BSE)が確認され、肉が売れなくなった時と重なった。当時、肥育を継続した農家は数軒だけだった。小波本さんは複雑な思いを抱きながらも、「あんたの牛はおいしいさー」という周囲の言葉を思い返し、黙々と牛と向き合った。だから、今回も肥育を継続しつつ、自身も販売先を失った他産地をCFで支援した。「苦しい時はいつか終わる。それを乗り越える力がないとね」
激しい海風を受けて足元が揺らぐような苦難を越え、島の牛を愛する人々の奮闘は続く。(三宅映未)
おわび 「フードエイジ」写真掲載について
17日掲載の「フードエイジ第3部・コロナを越えて」(2)で、牛舎に猫がいる写真を掲載しました。飼われている猫ではなく野良猫であるため、飼養衛生管理基準が禁止事項に定める牛舎や衛生管理区域内で愛玩動物を飼育することには当たりませんが、誤解を与えるものであり、農業専門紙として配慮を欠くものでした。関係者ならびに読者の皆さまにおわびします。
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