[さまよう農地]所有者不明6割超 獣害との攻防続く長崎・対馬
稲刈りが始まった9月下旬、コンバインが“おりの中”を往来していた。農地という農地が360度、背の高い防護柵で囲われている。「鹿やイノシシの被害が止まらない。柵なしでは食べられてしまう」。農家の永留正司さん(75)が言った。
市自然共生課によると防護柵の総延長は1117キロに及ぶ。桐谷優課長が「対馬を丸ごと囲んでしまう長さ」だと例えた。市は被害が出始めた20年ほど前から捕獲とのセットで対策を図るが、一進一退の攻防が続く。
対馬は3世紀、魏志倭人伝(ぎしわじんでん)に「山は険しく」「良田が無い」と記録された通り、平地が極端に少なく、谷底や斜面を開墾してきた。近年の獣害は島の営農史上最大の危機となり、離農の増加は所有者不明農地の「発生」につながった。
「例えば」と市農業委員会の主藤公康事務局長は巻物のような紙を広げた。横1メートル20センチ、縦30センチ。明治維新生まれの農家夫婦を頂点にした家系図で、今に至る子孫4代100人余りの名や生年月日などがある。
担い手現れるも
放棄された一族の田畑を「借りたい」という担い手が現れたのが発端だった。賃借契約のため登記や農地台帳を調べると、複数筆に分かれ、その大半が半世紀前に死亡した家系図頂点の男性が「所有」するままだった。
「親族で耕しているうちは登記の必要はなかった。近年の獣害を背景に離農が進み、親族外の担い手が借りようとした時、未登記が問題化した」。主藤事務局長が説明する。
各種公文書を基に作成された家系図から分かった相続権者は60人。その半数が島を出ていた。契約の同意を全員から取り付けるのは困難とみられた。
島の所有者不明農地は2021年度全国調査で農地台帳面積1614ヘクタールの64%、1026ヘクタール。うち2割超が遊休農地だという。JA対馬の理事で農業委員の永留さんが言った。「放棄地は条件の悪い所から増え、近年は優良地にも広がる。何とかしなければ……」
<ことば> 所有者不明農地
相続未登記、または登記済みでも所有者の所在が不明な農地。農水省などの2021年調査では、全耕地面積の23%に及び、高知県(43%)、鹿児島県(39・9%)、沖縄県36・4%などと続く。長崎県は31・4%。
訂正 防護柵の総延長は3万2000キロとあるのは1117キロでした。長崎県対馬市の集計に誤りがありました。