
食料の適正な価格形成を目指す食料・農業・農村基本法改正案を巡る国会審議で、生産者への直接支払いの在り方が論点に浮上している。立憲民主党など野党は、生産費の価格転嫁の難しさを踏まえ、戸別所得補償の復活などを主張。政府は戸別所得補償を否定しつつ、新たに環境に関する直接支払いを創設する方針を表明した。
1999年制定の現行基本法は、旧農業基本法にあった「農産物価格の安定と農業所得の確保」を削除。価格を市場に委ね、所得政策への転換を打ち出した。
一方、今回の改正案では、食料の価格形成に再び踏み込み「持続的な供給に要する合理的な費用」を考慮する方針を盛り込んだ。こうした仕組みについて、岸田文雄首相は「法制化も視野に検討していく」と表明した。
生産コストが上昇する中、与野党ともに価格転嫁や生産者の所得確保の重要性は認める。だが、野党は価格転嫁に耐えられない消費者もいるなどとして国による所得政策の充実を訴える。
特に焦点となっているのが「合理的な費用」の水準だ。生産者や小売業者、消費者らの認識は異なるとして、再生産可能な価格が実現するかは不透明だと指摘する野党に対し、政府はコスト指標を作るなどして丁寧に合意形成を目指す考えだ。
環境政策にかじ 自民・政府
価格転嫁の難しさから、立憲民主党などは、2009年の政権奪取の一因となったとされる、戸別所得補償の復活などを提起。現行の経営所得安定対策も不十分とみる。
これに対し、政府は①補償を織り込んで価格が抑えられる②農地集積の阻害要因になる――などとして、所得補償を否定。担い手への農地集積などによる生産性の向上を進める考えを強調する。
一方、坂本哲志農相は国会で、みどりの食料システム法に基づく新たな環境直接支払制度を27年度を目標に導入すると表明。自民党は「環境と調和した持続可能な農業推進委員会(みどり委員会)」を新設し、政府と一体で検討を進める。支援単価や財源などの具体化はこれからだが、次期衆院選を見据えて所得補償の復活を主張する野党への対抗策とみる向きもある。
支援する余地大 研究者の指摘
直接支払いを巡っては、研究者からも必要性を指摘する声が多い。明治大学の作山巧専任教授は3月12日に行われた参院予算委員会の公聴会で、日本は農業支援額に占める直接支払いの割合が欧米に比べて低いと指摘。「農業支援の形態を直接支払いに転換する余地は大きい」と述べた。
4月4日の衆院農林水産委員会の参考人質疑では、東京大学大学院の安藤光義教授が、戸別所得補償の実施時に米価が下がったことを踏まえ、「どういう条件なら農家の手取りが多い形で機能するのかも含め、正面から議論する必要がある」とした。
22年の農業所得 厳しい経営浮き彫り 全分野平均1時間379円 水稲わずか10円

農業所得の実態はどうなっているのか。農水省の「営農類型別経営統計」を基に労働時間1時間当たりの農業所得を算出すると、2022年は農業全分野の平均で379円にとどまる。分野別では、水田作が10円と低く、酪農と繁殖牛、肥育牛はマイナス。厳しい農業経営の姿が浮かぶ。
対象分野は、耕種が水田作や畑作など七つ、畜産が酪農や繁殖牛など六つ。所得には、水田活用の直接支払交付金や肉用牛肥育経営安定交付金(牛マルキン)などの補助金や、収入保険や農業共済の支払金も含まれる。
全分野の平均は21年までの3年間、490円台で推移していたが、22年は400円を割り込んだ。同省は「22年2月のロシアによるウクライナ侵攻で、飼料や燃料、肥料など生産資材が高騰したことが要因」(経営・構造統計課)と指摘する。
分野別で最も高かったのは、労働時間が少ない作付け体系の多い畑作の694円だった。次いでブロイラー(655円)、果樹(649円)が続いた。
一方、マイナスは酪農、繁殖牛、肥育牛の3分野。飼料高騰の影響が響いた。酪農は、大規模経営体が多い北海道はプラスだったが、中小規模経営体が多い都府県はマイナス204円となった。
水田作は前年と同額の10円で低迷が続く。経営形態などで差が見られ、家族で農業を営む「個人経営体」がマイナス34円、「法人経営体」が296円。ただ、いずれも農業全体の平均を下回る。個人経営体のうち、収入を主に農業で得ている「主業経営体」に限ると、699円となる。
水田作の農業所得は国会でも取り上げられ、岸田文雄首相は、規模拡大に伴って収益性の向上が見られると指摘。農地の集積・集約化やスマート農業の導入などで「生産コストの低減を進めて水田経営における農業所得の向上を後押ししていくことが重要だ」と述べた。