[論説]農林漁業者の自殺382人 農業界挙げ危機直視を
厚労省によると、2023年の農林漁業者の自殺者数は382人。前年比13人減で、ほぼ横ばい。男性が339人で同20人減で、女性は43人と同7人増となった。平均1日1人以上が亡くなっている。
農家の自殺を防ぐには、どうしたらいいのか。酪農が盛んな北海道別海町で精神科医を務めながら酪農を営む浮田充さんは、「今、どれだけつらくても改善できる方法は必ずある」と呼びかける。浮田さんによると、農業を取り巻く環境が厳しさを増したことで、心や体の不調を訴える農家が増えてきたという。
特に男性は、周囲の目を気にして「受診をためらいがち」だとして、自殺につながる恐れもあると警鐘を鳴らす。深刻な経営難に陥っているという悩みも「恥ずかしい」と考えてしまいがち。その結果、経営難を補うため休みなく働き、地域からも孤立し、心身を追い込んでしまう。周囲も、個人の経営問題になかなか踏み込みにくく、サポートが遅れてしまう。こうした悪循環を断ち切り、農家の心と体を支える取り組みを地域ぐるみで考える必要がある。
個人や家庭の努力だけでは限界がある。精神科医ら専門家に悩みを打ち明け、真剣に耳を傾けてもらうことで心のケアにつながっていく。地域で支え合う環境や、孤立を防ぐ体制づくりが欠かせない。
自殺者の遺族が後追いするケースも心配だ。自殺した人を年齢別に見ると、最も多いのが60代。地域の欠かせない担い手であり、経験豊富な人物だ。農地や借金などを残して命を絶ってしまえば、残された家族の精神的、経済的な苦痛は計り知れない。その影響は地域全体に及ぶ。心をケアする施設や環境がいかに重要かは、明々白々だ。
地域として何ができるのか。自殺の兆候に気付き、迅速な支援につなげる「ゲートキーパー」を養成するJAもある。大いに参考にしたい。
自殺を未然に防ぐ上で重要なのは実態の解明だ。専門家を交えながら、なぜ自殺に追い込まれたのか、防ぐ方法はなかったのか、失われた命を無駄にすることなく、対策に生かす必要がある。民間企業では従業員のメンタルヘルス対策は一般化しているが、農家の心を支える対策は政府、業界挙げて取り組まれていない。これは喫緊の課題だ。
生きていて良かった、そう思える日は必ず来る。今こそ農家の命を支え、守るための取り組みを強化しよう。