熊による被害が各地で相次ぎ、農家を含む地域住民の身の安全や財産を脅かしている。熊の暴威に直面した現場の肉声から、被害続出の背景を探った。
「グワー、グワー」。こちらに気が付いた親熊が低いうなり声を上げ飛びかかってきた。身の危険を感じ、とっさに外扉を閉めた。手塩にかけた比内地鶏約30羽が犠牲となった。
「自分だけは大丈夫」と熊被害は人ごとと考えていた。「まさか熊が立てこもり、命の危険にさらされるとは」。比内地鶏約5000羽を生産する秋田県大館市の黒田洋介さん(47)は10月の被害体験をそう打ち明ける。鶏舎に使うビニールハウスは側面が引き裂かれ、熊が入り込んだ形跡が残っていた。
少し離れた先に林はあるがハウス周辺は平たん地。熊が隠れるような場所はない。黒田さんは「よほど空腹だったのか」と戸惑う。
親子熊は駆除されたが、恐怖は今も心に強く残る。鶏の出荷は夜。周囲が暗い中、ハウスに入って運び出すが「また熊が襲ってくるのではないか」と不安に駆られる。
市内では本年度、黒田さんのハウスを含む6件で鶏関連の被害が発生。うち5件は熊の行方が分からない。熊が再び現れるリスクは残るが、鶏の出荷をやめるわけにはいかない。
熊の侵入後、黒田さんは電気柵だけでなく、聴覚に訴えようと常時ラジオを鳴らすようにして、点滅灯の数も増やした。熊よけの線香は、トウガラシ成分が入った強力な鳥獣用に変えた。「あらゆる対策を講じないと再び被害に遭う」と警戒する。
市内の熊の目撃数は急増し、市によると本年度(11月末まで)の目撃情報は、昨年同時期と比べ約6倍の590件に上る。市町村合併した2005年以降最多を更新。「例年8月が出没のピーク」(林政課)だが、今年は特に9月以降の出没が多発。9~11月の3カ月で428件あった。
農畜産物の食害も深刻で、109件の被害を確認。市農林課の聞き取りによって、鶏を襲うより、配合飼料を狙ったケースが目立つことが分かった。
同課は、山のドングリが不作だった影響で「鶏の餌の匂いに誘われ鶏舎に入ったのだろう」と分析。味を知った熊がいれば「次も狙われる」(同)と警戒する。市の広報誌を配る全3万1000戸に、やぶの刈り払いなどを促す熊対策のちらしを配るなど、再発防止に奔走している。