農業と半導体産業共存なるか 熊本県菊陽町にきょうTSMC工場開所
畜産農家、農地賃貸契約解除も
「今後も農業を続けていけるか心配だ」
工場のある同町に隣接する大津町。肉用牛約100頭を飼育する樋口慶太さん(35)が懸念を訴える。
飼料高騰が続く中、牧草地の確保は、畜産農家にとって死活問題だ。樋口さんの借用農地のうち、今年になって大津町の2カ所の牧草地(約2ヘクタール)で賃貸契約が解除された。地主によると、いずれも住宅地になるという。
町内の別の畜産農家も、借りていた農地が工場用地になるため賃貸契約が解除される。同様の例は他にもある。
ひどい交通渋滞 作業時間に影響
交通渋滞がひどく、農地間の移動にも影響が出る。樋口さんは菊陽町にも牧草地を借りるが、畜舎との移動時間だけでも、混雑する夕方は1時間以上かかる。このため、樋口さんは車の少ない夜間に牧草を運ぶ。「作業時間も夜に合わせてずらしている。夜に牧草地と畜舎を何度も往復することがある」と話す。
変化は他にもある。今まで住宅の少なかった畜舎の周りに、新しい住宅が次々に建てられるようになった。今後、新しい住民との間での臭いなどのトラブルも不安材料だ。
高まる労働需要 人材確保厳しく
周辺地域では人件費が高騰し、労働需要も高まっている。
熊本市で2月に開かれた新規就農セミナーには、就農希望者約50人が参加した。参加者は例年並みで、今のところ数字に現れるような影響は出ていない。だが、農業関係者からは「長期的に十分な農業人材を確保できるか」と心配する声もある。
一方、半導体人材の育成には、国や県が力を入れる。半導体を新たに学ぶ課程が、熊本大学や県立技術短期大学校などに設けられる。
課題解決へ組織 27年には新工場
今年になり、半導体企業との共存や課題解決を目指す新たな組織が相次いで立ち上がった。
県農業法人協会の香山勇一会長らの呼びかけで2月、「熊本農業と半導体産業の共存共栄に関する研究会」が発足。初回の総会にはJA熊本中央会や畜産団体、東海大学などが出席した。この他、県は情報共有強化などへ新たに周辺市町村との連絡会を立ち上げた。
開所した熊本工場は、2024年末までに本格的な量産を始める。第2工場も近隣への建設が決定し、27年末までの稼働を予定。二つの工場には国の補助金だけでも約1兆2000億円の投資が見込まれる。
一方、工場周辺は畜産だけでなく、ニンジンなど野菜栽培も盛んで農地が広がっている。多くの関係者から「農業と半導体が共存できる方策を考えたい」との声が出ている。