拝啓、新首相・石破茂様--。1日の臨時国会で石破氏が第102代首相に指名され、新内閣を発足させた。地方重視の姿勢を強調し、防災省の創設を掲げる石破氏について近年の被災地などの農業関係者の声を聞いた。
「石破さんには1日でも早く、能登半島に来て、この現実を見てほしい」。石川県輪島市の農業委員会会長で米農家の田上正男さん(79)が、声を振り絞るように言った。
1月の能登半島地震で甚大な被害を受けた輪島は、再建途上の9月に前例のない記録的豪雨に襲われた。田上さんが住む大野地区は地震以降、停電と断水から復旧しておらず、豪雨はテレビやインターネットのニュースが見られない中で起きた。田上さんの同級生や友人の孫が増水した川に流されて行方不明となり、地区も孤立状態となっている。
「奥能登は、地震で大半の農家が今年の稲作を諦め、やっとの思いで苗を植えた人も、田んぼに押し寄せた土砂と濁流で収獲できなくなった。若い世代もどんどん流出して過疎と高齢化が一気に進み、誰もが疲れ、どうして良いのかわからなくなっている」。田上さんが多重被災地の現実を訴えた。
東京電力福島第1原子力発電所事故の旧帰還困難区域に暮らす福島県浪江町の酪農家、紺野宏さん(65)は強い口調で語る。
「総裁選の候補者9人が9月に福島市に来て『福島を忘れない』と言ってくれたが、もう一つ言葉に力が足りないと思った」と紺野さん。
「福島の復興は、産業が戻った、農業が復活したというだけでなく、まちが存続していけるかという問題だ。今も避難した人は戻って来ず、近所では家の解体が進むだけだ」
2018年9月の北海道胆振東部地震で栽培していたハスカップの1割が植え替えを余儀なくされた厚真町の山口善紀さん(53)は1日、金沢市で始まった北海道物産展で自作のスムージーやジャムなどを販売していた。
「地震の後、北海道を応援しようと全国各地で物産展が開かれるようになり、ずいぶん助けられた。石川県も地震と豪雨で大変な被害を受けているし、自然災害は日本のどこでも起きる」と山口さんは言い、こう続けた。「被災地をみんなで支える共助の輪がもっと広がるとうれしい」。
「大災害が頻発するようになり、地方の産地が食からも孤立するようになった」。8月下旬の台風10号で暴風雨に見舞われた宮崎県都城市の野菜農家、田村周一さん(59)が言った。作物の大半が県外の大きな市場に出荷されるため、災害時に産地で生鮮品が手に入らなくなる現象が起きているという。
田村さんは「農家の所得向上につながっているけれど、災害が相次ぐ時代の流通の在り方を、考え直す時に来ている」と述べ、新首相のイニシアチブにも期待を寄せた。
7月下旬の山形・秋田豪雨で農地が浸水しブランドのエダマメ「だだちゃ豆」も被害を受けた山形県鶴岡市。生産者の加賀山雄さん(43)は「10~20年前と比べ農業資材の価格は高騰している。災害のたびに経済的負担が余計に増えるので、根本から解決してほしい」。
南海トラフ地震で最大10メートルの津波が予想されている静岡県袋井市では、8月の臨時情報(巨大地震注意)に緊張も走った。同市の野菜農家、永井千晶さん(37)は「これまでの災害では被災者支援のスピードが遅い。国を動かす立場の人はアンテナを立てて行動しなければならないと思う」と求めた。
(糸井里未、栗田慎一)