公共交通の維持が難しくなる中、全国で広がっている“助け合いのライドシェア”。住民が外出ついでに他の住民を目的地まで運ぶ「ノッカルあさひまち」を4年前に始めた富山県朝日町で利用者に同乗させてもらうと、ハンドルを握っていたのは兼業農家だった。
新潟県境にある人口約1万人の同町。9月27日午前、町内のプールに向かう水島育子さん(83)が、日本海を望む国道の乗降スポットで車を待っていた。「狭い道の運転がだんだん怖くなってきた」と語る水島さんは、1月に自動車免許を返納。以来、ノッカルを週2回利用する。
待つこと数分。車体に「ノッカル」のステッカーを貼ったスポーツタイプの多目的車(SUV)が滑り込んできた。運転席から笑顔で降り立ち後部ドアを開けたのは、会社員兼、農家の篠田健太郎さん(46)。JAみな穂の青壮年部に所属する組合員だ。
篠田さんは午前中に稲刈りを終え、ドライバーに変身。プールまでの約10分の道のりで80歳代の別の女性も乗せると、世間話に花を咲かせた。「いろんな人と知り合えるのが楽しい」と話す。
ノッカルあさひまちは2020年8月に実証実験を始め、21年10月から本格運行した。
町は中心部から離れたエリアの「移動の足」確保に悩んだ。町営バスの本数を増やすには人件費などで新たに年間1000万円以上のコストがかかるし、町内のタクシーも乗務員が足りない。町民のマイカー8000台を生かす案が生まれた。
ノッカルは電話かLINEで前日午後5時までに予約。各地区と町中心部を結ぶコース上に乗降スポットがあり、ドライバーの都合に合わせて予約できる時間が決まっている。料金は片道600円、乗り合い400円。
会員登録者数は453人で80歳代が6割を占める。利用者は月平均150人程でプールやコミュニティーカフェなどに行くため使う人が多い。ドライバーの条件は町内在住・在勤の75歳未満で報酬は1回200円分の商品券。旅客運送に必要な2種免許を持たない人は運転講習を受ける。
ノッカルは全国から視察が相次ぎ、静岡県浜松市など3県4市町でも導入されるなど注目を集める。課題は利用者とのマッチングだ。登録ドライバーは54人いるが、会社員が多く、実働可能は10数名。誰も都合がつかない場合、代わりに町職員が運転することも月10回程あるという。
農作業の合間に車を出す篠田さんはこの日、7件の予約を受けた。水島さんら2人をプールに送り届けた後、自宅に戻って納屋を掃除し、数時間後には再びプールに迎えに行った。ガソリン代を考えると持ち出しの方が多いが、「人助けのため」と言い切る。
高齢化率45%の町は免許返納者が増えている。移動には親戚に車を出してもらう人も多いが、「病院に行くのは頼めても娯楽では頼みづらい」悩みもあった。ノッカル発足に関わった町商工観光課の小谷野黎さん(33)は「そんな高齢者が『ノッカルで外出しやすくなった』と言う。思わぬうれしい効果」と声を弾ませた。
北海道上士幌町
住民の「移動の足」を確保しようと郵便局と連携する自治体も出てきた。北海道十勝地方の上士幌町は今月から、郵便局員が住民を送迎する実証実験を始めた。農村部と町中心部を集荷や配達で行き来する集配車の助手席に町民を乗せる。
町は東京23区より広い約700平方キロ。中心部にある上士幌郵便局から、実証する農村の居辺地域までは3~10キロ離れている。
この地域には週2日、町の福祉バスが運行している。しかし、運転手不足や財政負担の問題で将来的に続けられるかは分からず、町は全国に郵便局を展開する日本郵便と連携することで「過疎地の移動課題を解決する持続可能なモデルになれば」と期待する。
運行は郵便局員が担うため、勤務時間内の午前9時半~午後3時半といった課題もある。料金は片道1000円で、利用者は乗車日の1週間前までに町が貸与するタブレット端末から予約する。
(糸井里未)