文部科学省によると、明治22(1889)年に現在の山形県鶴岡市で貧困家庭の児童のために始まったとされるが、福島県会津若松市も「給食発祥の地」をうたう。両市は当時、明治維新の戊辰戦争(1868~69年)で新政府軍に敗れた旧幕府軍の中心的地域であり、現在は伝統食を大切にする日本有数の米どころとなった。
「元祖」を決着させようと取材を始めたが、両市で給食の歴史をたどるうちにもっと重要なことに気づいた。

お寺発 慈しみの心で
鶴岡市学校給食センターの玄関柱には「学校給食発祥の地」と赤字で書かれたステッカーが貼られている。見学者用の陳列ケースには1889年に子どもが食べた最初の学校給食のレプリカがある。献立は塩鮭、おむすび、煮びたしだ。

給食は同年に、戊辰戦争の戦死者を弔う常念寺の住職、佐藤霊山和尚の呼び掛けで始まった。学校に通えない貧しい子どもたちのために、町内のお坊さんたちが教師になり、旧庄内藩主・酒井家の墓所がある大督寺の本堂南側の二間に忠愛小学校を開校。お坊さんたちは托鉢で寄付金を集め、子どもの弁当や勉強道具を用意した。取り組みは1945年まで続き、現代給食の基となった。
センター所長の大塚昌史さんは「町ぐるみで子どもを支援した取り組み」と語る。慈しみの心を大切にする教えで、現在は総合学習の時間に子どもたちが学ぶ。市内26小学校・11中学校に通う約9000人の児童・生徒が年に1度、当時の献立を食べるのだ。
大督寺の境内には「学校給食発祥の地」と刻まれた記念碑が建つ。現住職の齋藤浩明さんは「宗派を超えたお坊さんたちと地域社会が、困窮する子どもたちを助けた」と解説した。
市立大泉小の給食時間。炊き立ての鶴岡産米と庄内産豚肉やみそを使った豚汁に児童らは歓声を上げる。給食には郷土食や行事食も頻繁に登場するそうだ。校長の風間成彦さんが「給食発祥の地であることが地域の誇り。食を大切にしています」と話した。鶴岡市は2014年、伝統食や在来作物が数多く継承されているなどとして、日本で初めて「ユネスコ食文化創造都市」に認定された。地域の給食はそんな風土も象徴している。

藩校生の昼食が起源
会津若松市にある旧会津藩の藩校、日新館。1868年に始まった戊辰戦争で焼失した建屋を忠実に再現し、武家社会の教育や精神を訪れる人に伝える記念館だ。
会津藩は江戸時代後期の1803年、鶴ヶ城西側に日新館を創設した。会津藩士の嫡男は10歳になると同校に入学し、儒学を基本とする文武教育を受けた。15歳以上の生徒には昼食が用意された。給食の始まりだ。

館内の展示パネルには「日本で最初の給食制度」の説明が記載されている。館長の石田明夫さんによると、全生徒1000人のうち15歳以上は600人。天明の飢饉直後で藩の財政は苦しかったが、藩士の給与を減らして給食費をまかなった。
石田さんは「江戸時代は一日2食が基本でしたが、15歳から大人の体になっていくから昼食もしっかり食べさせたのでしょう」と考える。献立は一汁一菜でご飯に漬物、青菜や豆腐の汁。月に三度ほど焼き魚も出た。「人材育成を藩の最重要事項と考えた。そんな給食の開祖である会津が誇らしい」と石田さん。
ところが、市教育委員会学校施設給食課によると、鶴岡のように当時の献立を小中学生が体験する日は設けていない。一方で、戊辰戦争の籠城中に会津藩士と家族が食べた玄米おにぎりや焼き栗などを年1度の「籠城食の日」献立としているそうだ。目的は「先祖の苦労と食料の大切さを教えるため」と同課主幹の澤栗敏春さんが答えた。

開始年は会津若松、現代の給食制度の土台といえば鶴岡。どちらを発祥とするべきか?
記者の質問に、鶴岡市大泉小学校長の風間さんは「両方に歴史があって、それは競争ではない」と笑った。教頭の百瀬俊悦さんも「地域を巻き込んだ素晴らしい活動がわが市で始まったことが重要。発祥論争は必要ない」と言い切った。大督寺住職の齋藤さんには「給食の始まりは諸説有りで良い」と諭された。
会津若松市教育委員会学校施設給食課の学校給食担当、岸竜子さんも「発祥云々は給食の定義によるから、気にならない」。市では日新館・什(じゅう)の掟(おきて)を基にした「あいづっこ宣言」を市内29小中学校の教育活動に取り入れている。「会津の規範的精神である困っている人への支援と食事の大切さを理解し、次世代につなぐことこそが大切です」
元祖を突き止めるために始めた取材だったが、鶴岡と会津若松で関係者から話を聞くうちにもっと大切なことに気づかされた。二つの発祥地は、給食の定義こそ異なるが、大人が子どもの命をつなぎ、食の大切さを教え、健全な心身を育むことを他の何よりも優先させたことが共通していた。会津若松から数えれば220年余に及ぶ日本の学校給食は、こうした大人たちの意志が礎になっている。「米不足」の影響で給食の米供給にも事欠く今の時代にこそ、尊重したい矜持だ。
(齋藤花)



