
自分たちが子どもの頃は食べるものがなく、欠食児童みたいでした。おやつといえばカライモ。僕らの地方では、サツマイモのことをカライモと言うんです。
正月には餅をつくんですが、カライモ餅といって、蒸したもち米とカライモを一緒にしてつくんです。芋の甘味がもち米にうまく混ざって、おいしかった。カライモ餅は時間がたっても硬くならないから、焼かなくても食べられる。そのままきな粉をつけて食べたりしました。
それが高じて、弁当がカライモ餅だけなんてことも、よくありました。もうちょっとなんか入れてくれよという思いが強かったですね。
おやじは釣りが好きでよく行っていました。釣った魚は火鉢に炭を起こして乾かして、それを後で煮て食べるんです。山の中に入って取ってきたキノコも食べるなど、自然の中で得た食材を利用していました。

僕が俳優になろうと思った一番の理由は、実は食べ物なんですよ。人吉は小さな町ですが、当時映画館が5館もありました。洋画系と東映、大映、松竹、日活。テレビがないので、楽しみは映画だけの時代です。よく映画館に連れていってもらいました。腹を減らした子どもでしたから、スクリーンに食事のシーンが映るたびによだれを流しながら観ていました。「俳優はああいうおいしいものが食べられる。いいな」と子ども心に思ったものです。
大学に入るため東京に出たんですけど、お金がないからあまりにも腹が減ってしょうがない。アルバイトをしたしバイト先で賄いご飯をいただくんですけど、とてもそれでは足りなくて。それで親が授業料のために送ってくれたお金を、食べ物に使い込んでしまったんです。授業料を払えないので2年生になれなくて中退し、劇団に入りました。

そんな僕が、このたび人吉・球磨を舞台にした映画「囁きの河」に出演しました。撮影は去年の2月と6月に行われました。その間、僕は他にやらないといけないこともあったので、夜は外に出ずに買ってきた弁当を部屋で食べることが多かったんです。でも時々監督が「プロデューサーが来るからちょっと一緒に」と誘ってくれて。そんな時は知り合いの店に行きました。番組の取材でいろいろと知っていますからね。お店の人も喜んで、とびっきりの焼酎を出してくれる。僕らはそれを一升瓶でもらうんです。料理もうまいから酒が進む。3人で2回行くと、ちょうど一升瓶が空きました。
子どもの頃はカライモの思い出だけが強いんですが、大人になって酒を飲めるようになると、人吉・球磨の料理のうまさがよく分かるようになりました。
熊本のしょうゆはちょっと甘くてドロッとしているたまりしょうゆ。これは刺し身には合わない。でも煮しめにはすごく合うんです。野菜を煮たり、さつま揚げのことを天ぷらと呼ぶんですが、天ぷら、ちくわ、かまぼこを甘いしょうゆで煮ると本当においしい。熊本の焼酎は米を使う米焼酎ですからキリッとした辛さがあり、たまりしょうゆを使った甘辛い煮物と相性がいい。それとなんといっても馬刺しです。柔らかくて厚い馬刺しを、たまりしょうゆ、ニンニクと一緒にツルリと食べて、焼酎をグイッと飲む。これは熊本ならではの楽しみですよ。
(聞き手・菊地武顕)