7月上旬に村に入ると手つかずの建物の残骸、崩れ落ちた穀物貯蔵庫の周りに散らばる腐った大麦が目に入ってきた。
リュドミラ・ゴルブさん(43)が組合長を務めるアバンガード農業生産協同組合は、57戸の農家が集まって2000年に設立された。ウクライナ政府が旧ソ連式の国営・集団農場制度を廃止したのは1999年。もともとは協同組合形式による農場経営は不人気だった。ところが近年、銀行から融資を受けるにも一定の規模が必要で、各地で農業生産協同組合が増えてきた。
昨年2月までアバンガードは、130頭の搾乳牛と1200ヘクタールの農地、村のパン屋を経営していた。数十万ヘクタール規模の企業経営が珍しくないウクライナでは地産地消型の小規模な経営だ。
ゴルブさんが案内してくれた農場施設の多くはひどく破壊されていた。貴重な現金収入源のパン窯も使えないという。
穀類の国際価格は昨年急騰したが、販路が限られるウクライナ国内の相場は低迷。ゴルブさんたちは、前年の半値水準でしかヒマワリの種を売れなかった。さらに自分たちで地雷撤去を試みたところ、2人が片足を失う大けがをした。
牛舎が壊れたため、牛たちは屋外で放し飼いに近い状態だ。餌が足りず十分な生乳を得ることは難しい。戦争で人手の確保も簡単ではない。
「餌不足で乳牛の一部を売ろうとしたら、業者に以前の10分の1で買いたたかれた。傷ついた牛は8ドルでしか売れなかったこともある」とゴルブさんは悔しそうに言う。地雷が残っているため、銀行からの融資も期待できないという。
それでも今春、ゴルブさんたちは大麦400ヘクタール、ヒマワリ150ヘクタール、小麦100ヘクタールを種まきした。種や農薬の代金は秋までに返済する計画だ。追い風もある。米国の慈善財団の支援で、無償貸与する大型の播種(はしゅ)機やコンバインを使えることになった。
「まずは地域として学校や医療施設の復旧を急ぐ必要がある。農場では穀物倉庫の再建が当面の課題だが、早くても数年後になるだろう。国際社会やウクライナ政府の支援を期待している」
ロシアは黒海穀物協定をてこに、西側諸国による経済制裁をすり抜けようとしている。国際社会はそうした侵略者の試みを許すべきではない。
ロシア軍が撤退し1年以上経過した。ウクライナ農業復興への道のりは険しい。インタビューに応じてくれたゴルブさんや、一緒に働く職員たちの未来を語る楽観的な姿勢に救われる思いだった。