長崎県の獣医師の男性(47)から本紙「農家の特報班」にこんな声が届いた。和牛は出生時の「子牛登記」の際、鼻のしわ模様(鼻紋)を紙に写し取って登録する。個体識別が目的だが手間がかかり、法律で装着が義務付けられた耳標でも識別できるため、必要性に疑問を感じるという。
和牛は改良を促進するため、優れた牛を種雄牛や繁殖雌牛として登録する制度がある。その基礎情報となる“戸籍”が子牛登記で、血統の証明書にもなる。和牛の登録事業を行う全国和牛登録協会は、1950年から子牛登記に鼻紋を利用。人の指紋と同様に同じ形がなく、成長しても形が変わらないためだ。
この特徴を生かし、鼻紋を取って子牛登記と照合すれば、登記された牛と同じ牛かどうかを確認できる。
だが投稿者の男性は、鼻紋を照合する場面を見たことがないという。鼻紋採取の器具を通じた伝染病のまん延リスクもあるとして「使わないなら廃止してもよいのでは」と考える。
和牛を含め、家畜の登録事業は家畜改良増殖法に基づくが、方法は各登録機関が決める。和牛の子牛登記は任意だが、登記しないと血統を表示して販売できず、ほぼ全ての子牛が登記されている。
乳用牛では、個体識別が目的だった雌牛の体の模様(斑紋)の記録を02年からやめた。登録は後世に血統を残したい牛に限り、義務化前から耳標が普及していたなど事情は異なるが、登録事業を行う日本ホルスタイン登録協会は「耳標でも確認は十分できる。当初は斑紋の方が分かりやすいとの声もあったが定着した」とする。ただ、種雄牛候補となる雄牛については、識別ミスがあると後世への影響が大きいため、継続しているという。
また農水省によると、和牛と乳用牛の交雑牛(F1)には登録事業がなく、耳標だけで個体管理をしている。
例えば同協会主催の全国和牛能力共進会(和牛全共)では、会場への搬入時に出品牛の鼻紋を確認しているという。
耳標外れたとき出番
農水省にも見解を聞いた。牛トレーサビリティ法を担当する畜水産安全管理課は「鼻紋と耳標、それぞれ必要」だとする。両耳ともに耳標が外れてしまう場合があるためだという。同課によると、柵の隙間から顔を出して餌を食べるときに耳と柵が接触し、外れることが多い。近年はないが、耳標の付け替えによる偽装があった場合にも、鼻紋が役立つとする。
流通の現場ではどう使われているのだろうか。子牛市場では、耳標の導入以前は、搬入時に鼻紋で個体識別をする市場が多かった。だが、現在は「ほとんどの市場が耳標で識別している」(農畜産業振興機構)という。
現在も鼻紋で個体識別をする数少ない子牛市場の一つも、「耳標があるので必要性は疑問に思っている」。西日本にあるこの市場では、鼻紋と耳標の二重で識別している。過去10年、耳標の付け間違いなどのミスは見つかっていないという。
生産者団体からは「和牛は血統が価値そのもの。確認する手段は多い方が良い」、「鼻紋にはこだわらないが、耳標以外の個体識別の手段は必要だ」などの意見があった。
DNA検査で判別可
繁殖農家はどう考えているのか。熊本県山鹿市の男性(34)は「なくなっても大きな支障はないのでは」と話す。過去に子牛2頭の耳標が取れたことがあるが、DNA検査で判別し、鼻紋は照合しなかったという。
一方、山形県米沢市の男性(46)によると、子牛と親牛の鼻紋を見比べ、親の特徴を色濃く受け継いでいるかを推し量るなど、鼻紋を判断材料にする農家がいるという。耳標が取れて鼻紋で照合した農家も身近におり、「鼻紋をなくすのはさみしい」と口にする。
「農家の特報班」会員登録には▶こちらのリンクにアクセスいただくか、右記のQRコードをスマートフォンのカメラで読み取り、表示された画面で「追加」を押してください。
■SNSも更新中
▶公式X
■これまでの「のうとく」
▶記事一覧へ
■読者の声を紹介
▶特集(2023年10月9日付)