組織のノウハウが重要
──今の農業情勢をどうみていますか。
人手不足をはじめ、資材価格の上昇や気候変動による農作物への影響など複雑な問題を抱える。資材費の高騰分を農畜産物の価格に反映できていないことも課題だ。
農業経営は転換期にある。高齢化や離農が進む中で、個人経営が減り、法人経営が増えて大規模化が進んでいる。従来は個人の判断で経営が回っていたが、組織で動くノウハウも重要になってくる。
先進的取り組みを進める農業経営者も多く、農業はもっと魅力あるものになっていくと思う。
──農業版カイゼン(改善)のサービスについて教えてください。
自動車の製造工程で無駄を徹底的になくすトヨタ生産方式を農業現場に応用するもので、サービスを展開するチームは当社自動車工場で豊富な経験を持つ現場の元リーダーで構成している。農業生産者と一緒に現地現物で現状の“見える化”をした上で作業負荷の軽減や作業時間の短縮、資材や生産費の低減などの課題解決につなげている。農畜産物の生産性向上に役立たせるものだ。
整理整頓から始まり、作業計画・進捗(しんちょく)の“見える化”や、作業の標準化、作業者の能力や技量に見合った人員配置など法人経営の土台となる人づくり・組織づくりにつながるように取り組んでいる。実際に現場で農家と一緒にやっていることは結構アナログだ。自治体の普及指導員やJA営農指導員向けの勉強会や、JA選果場の改善にも関わってきた。
技術革新 今が“好機”
――農業でも持続可能性を意識した取り組みが求められています。
農業に限らず、環境を重視した経営は世の中の流れで、今後はより重要になってくる。農水省もみどりの食料システム戦略で化学肥料の30%低減を掲げている。当社では圃場(ほじょう)全体の土壌成分のばらつきを網羅的かつタイムリーに把握する土壌センシング技術の開発に取り組んでいる。網羅的に把握することで、より適切に施肥でき、過剰施肥の防止につなげたいと考えている。
この技術が生きるのは、大規模農家が離農跡地を引き受けるときなどだ。新しい土地では、土壌の状態が分からないため適切な施肥ができず収量が低くなってしまう場合がある。「土壌診断による適正施肥で、6割の収量を8割にできれば大幅な増収が見込める」という声も聞いており、こうした期待にも応えたい。
――農業の将来をどのように展望していますか。
先は見通しにくいが、人口減少が進む中で、今後も大規模化の流れは続いていくだろう。農業課題は複雑かつ山積しているが、ピンチのときは技術革新のチャンスでもある。自動車業界でも過去に排ガス規制強化といった大ピンチがあった。それでも各社が技術革新で乗り越えてきた。
私たちもトヨタ生産方式を生かした改善により、農業の生産性向上による競争力強化や、稼げる農業の実現に少しでも貢献できたらと思う。
この10年間で大きな財産を得られた。全国各地の経営者や自治体・JAなどとのつながりだ。場所も品目もさまざまだが、年に1度、皆さんが集まる会合では日本の農業の未来を活発に議論している。こうした熱く同じ思いを持つ仲間で知恵を出し合えば、新しい農業の形が必ず生まれてくる。
ますだ・いちろう 静岡県出身。1995年同社入社。工場工務部や人事部、法務部などを経て2020年からアグリバイオ事業部長。24年1月から現職。