働き方が多様化し、農山村に移住して仕事をする若者が増えていると聞く。一方、「田舎には仕事がない」と嘆く自治体職員もいる。田舎には本当に仕事はないのか。どんな工夫で生計を立てているのか。取材で知り合った、複数の仕事をかけ持つ地域おこし協力隊員に話を聞くため、山間部の東京都檜原村へ向かった。
記者と協力隊と
「トウモロコシの様子はどう?」「よく育っています」。山の草刈りを終えた高野優海さん(28)が、「農業の師匠」と仰ぐ井上万宏さん(61)と談笑する。同村の人口は2000人。都心から電車と車で2時間、山に囲まれた地だ。
高野さんは地域おこし協力隊として2022年9月に東京都心から移住。都内ベンチャーの広報、同村に近いあきるの市の「西の風新聞社」で業務委託契約の記者としても働き始めた。
広報と記者、月15万円の協力隊の仕事が収入の大半を占める。この他、草刈りや宿泊施設の清掃バイトもする。週4日、村内全域で隊員として活動し、それ以外の日に広報やバイトをする。高野さんは「どこも人手不足なので、バイトに誘われる。田舎に仕事はある」と強調する。
井上さんの紹介で、5月から60平方メートルの農地でトウモロコシやハクサイ、コンニャクなどを育てている。収入にはならないが「食費の支出を減らせている」と実感する。
複数の仕事をかけ持ちするため、収入は都内のベンチャーで勤めていた2年前と変わらない。一方、支出は都内で暮らしていた2年前に比べ半分ほどに減った。
祭りの手伝い、宿泊施設の清掃など複数の仕事には収入補填(ほてん)以外の意義がある。村民との関係づくりだ。「住民との信頼が生まれて新しい仕事につながるし、交流が楽しい」と高野さん。実際、農業を始めたきっかけも草刈りを通じて知り合った井上さんから農地を紹介してもらったからだ。関係づくりや交流が次の仕事を生んでいる。
ここで一つの疑問が生まれた。村民は昔から複数の仕事を掛け合わせて暮らしてきたのではないか。
吉本昂二村長は「昔から村外で稼いで、森林を管理して、コンニャクや蚕を育ててきた」という。では、昔と何が変わったのか。「1年の出生が10人以下だが、死者は50人を超え、人手が足りない」。人口は20年で2138人と約20年前に比べ4割弱減った。
村の人口減少は、移住者にとっては新たな仕事づくりのチャンスでもある。高野さんが耕す農地は元耕作放棄地。後継者のいないキャンプ場を継いだ協力隊の卒業生もいる。村民だけでは管理しきれなくなった農地や施設から新たな仕事が生まれている。
困り事が仕事に
12年に「ナリワイをつくる 人生を盗まれない生き方」を出版した都内在住の伊藤洋志さん(44)は「地域の困り事や個人の無駄な支出を減らすことが新しいナリワイを生む」と指摘する。ナリワイ(生業)とは、個人レベルで始められて、技が身に付く仕事のこと。今ある一つの仕事に依存しない働き方を指す。
伊藤さんもベンチャーを退職後、07年から果実の収穫と販売やモンゴルでのワークショップ開催、床の張替えなど複数のナリワイを組み合わせて生計を成り立たせている。
伊藤さんによると、田舎で複数の仕事を組み合わせたり、都心で会社に勤めながら休日に副業をしたりと多種多様の働き方が生まれているという。ここ10年間でインターネットでの販路開拓やコロナを経て副業がしやすくなり、個人で仕事を組み合わせて生活しやすくなった。
伊藤さんは「コロナ禍や環境問題、人口減少と目まぐるしく時代は変わっている。昔から農村にあったナリワイに今こそ注目してほしい」と呼びかける。
働き手は25%減
内閣府が22年に推計した報告によると、働き手として期待される年代(15~64歳)の「生産年齢人口」は50年に5540万人と現状に比べ25%も減る見込みだ。田舎には仕事がないと思われがちだが、働き手がますます少なくなる中で、若者の仕事の仕方や在り方が大きく変わっているといえる。
伊藤さんが考える「ナリワイ」の心得
■やると自分の生活が充実する
■お客さんをサービスに依存させない
■自力で考え、生活をつくれる人を増やす
■個人で始められる
■家賃などの固定費に追われないほうが良い
■提供する人、される人が仲良くなれる
■専業じゃないことで、専業より本質的なことができる
■実感が持てる
■頑張って売り上げを増やさない
■自分自身が熱望するものをつくる
■災害や環境の変化に対応するため、オンラインとオフラインの使い分けなど性質を分散させる
<取材後記>
半農半Xや副業の取材は面白いが、どことなく後ろめたさも感じていた。自分で実践できていないからだ。
ただ、今回の取材で価値観が変わった。伊藤さんが「ナリワイは自分の人生を楽しむ働き方」と言っていた。
残念ながら、日本農業新聞は副業を認めていない。では、生活の無駄から減らしてみようと思う。記者の部屋は本が積み重なっている。掃除に手間がかかってしょうがない。
偶然だが、高野さんが檜原村に先週末、小さな図書館をオープンした。これも高野さんのナリワイの一つ。寄贈を願い出たら「ぜひ」とのことだった。ゆくゆくは古物商許可を取得し、図書館を古本屋にするらしい。
高野さんを見習って、いずれは知人限定の図書館を始めてみようか。楽しみながら、後につながる自分なりのナリワイを育ててみたい。
(丸草慶人)