最近、駅の売店で冷凍ミカンを見かけない。どうして? 静岡県出身の50代の男性会社員から、本紙「農家の特報班」に調査依頼が届いた。子どもの頃、鉄道での旅行には欠かせないおやつだったという――。
早生の出回りがもうすぐ本格化する温州ミカンは、秋冬の定番の味覚として知られる。それを凍らせて、夏を含め年中いつでも楽しめる冷凍ミカンとして全国に先駆けて開発したのが、神奈川県小田原市の食品会社「井上」だ。
井上直也社長に冷凍ミカンが消えた理由を尋ねると、「冷房付きの列車が普及したため」との回答があった。もともと「冷房がない列車の中で体を冷やせる画期的な商品として広まった」のだという。
マグロの急速凍結技術応用
県産ミカンの集荷・卸売業者だった同社が冷凍ミカンを開発したのは1955年。先々代社長が「夏場もミカンを売れないか」と考え、大洋漁業(現・マルハニチロ)のマグロの急速凍結技術を応用した。凍らせてもみずみずしく、皮がむきやすいのはこのためだ。
価格は、瓶ジュースが1本35円だった当時で4個入り100円。国鉄東海道本線・小田原駅の売店で売り出すと家族連れが購入し、「爆発的に売れた」(井上社長)。当時の列車には冷房がない。冷たい飲み物の自動販売機もなく、遠方に向かう乗客は長時間、暑さに耐えて移動しなければならなかった。肌に当てて体を冷やしつつ、溶かして食べたという。
人気は駅の売店に専用の冷凍庫が設置されるほどで、同社の販売エリアは静岡県など東海道線沿線から、北は北海道まで広がった。1960年代のピーク時は同社だけで年間1000万個を売り上げた。大阪、九州に新たな冷凍ミカン製造業者が現れ、全国的に販売されるようになった。
学校給食向けに販売 「皮むき不要」再脚光
だが平成に入り、冷房のある列車の普及で風向きが変わり、徐々に需要は減っていった。新幹線の整備などで鉄道の乗車時間は短くなり、飲料の自販機やアイスクリームなど競合が増えたことも影響した。2010年、同社商品の駅売店での販売は終了した。
井上は現在、全国の小・中学校の給食用に冷凍ミカンを販売している。井上社長は「売り先は変わっても冷凍ミカンの歴史は続いている」と話す。
JR東日本の一部の駅構内の売店・コンビニエンスストアでは12年から、皮をむいた冷凍ミカン「むかん」を販売している。井上の冷凍ミカンの販売終了後、利用客から問い合わせがあり、一部店舗で取り扱いを始めた。製造するのは冷凍食品メーカーの八ちゃん堂(福岡県みやま市)。皮がむいてあり、手軽でごみが出ないことから同社製品を選んだという。
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