おふくろはいつも大量に作るんです。例えば、シュークリームだと、一度に50個くらい作ったんじゃないかなあ。クリームを生地に入れるのを手伝わされました。ギョーザだって、一体何個作ったことか。僕は、具を練ってかき回させられました。
おふくろが一番得意だったのは、ハンバーグ。今でも高校時代の友達は「お前のとこのハンバーグはうまかったなあ」と言うくらい評判でした。昭和30年代ですから、「俺、ハンバーグを初めて食った」と言うやつもいてね。皆が喜んで食べるので、おふくろも得意になって、友達が来るたび、でかいハンバーグを両手でペッタンペッタンとやっていました。その手つきがとても上手だったので、「俺にはできない」と思って見ていたんですが、「お前もやりなさい」とやらされたものです。
もう一つ、おふくろの味として忘れられないのがカキフライ。
おふくろはカキフライも大量に揚げたから、夕飯で全部食べられないんですね。すると次の日の朝、卵とタマネギとたれでとじて、かつ丼みたいにしてくれたんです。おふくろは、これを弁当にも利用しました。カキフライ丼弁当です。
僕の通った高校には食堂があって、弁当を持ってきた生徒と食堂で食べる生徒が半々くらいでした。食堂での人気メニューはカツライスで、150円でした。
カキフライ丼をはじめ、おふくろの弁当は、友達の間で評判でね。時々僕が食べようと弁当箱を取り出すと、軽くてカランカランと音がすることがありました。ふたを開けると、「お母さん、またごちそうさま。おいしかったです」という手紙と150円が入っていた。友達に食べられていたんです。
それで僕は150円を手にして、食堂にかつライスを食べに行ったものです。
こんなことを思い出したのは、久しぶりに自分で料理を作る生活をしたからです。
僕は結婚してからの約40年、料理をしたことがないんです。ところが先日、仕事の関係で、8カ月もの間、カナダのバンクーバーで一人住まいをすることになりました。
夜は、だいたいが外食。現地の日本人の方に、いろいろな店を案内してもらいました。
問題は朝食。カナダに行く前まで、僕は朝食はパンの方が多かったんです。でもカナダで生活をして、やっぱり朝食はご飯とみそ汁が良いということに気付きました。
一人住まいの部屋の近くに、おいしいスープを売っている店があったんです。朝はそこに出かけ気に入ったスープを選び、クロワッサンも買って、自宅に持ち帰って食べていたんです。最初のうちは良かったんですけどそれが続いていくと……。
そこでシリアルを買ってみた。日本にいた時は食べたことがないんですけど、試しにと思って。
でもやっぱりお米だろうという気持ちが強くなりまして、炊飯器を買ったんです。米も「コシヒカリ」が売っていたのでありがたかったです。
一度に3合炊いて、残ったご飯でおにぎりを作ったり、後でチャーハンにして食べたり。チャーハンは、「ユーチューブ」で作り方を勉強。テフロン加工のフライパンで卵を炒め、その後でご飯を入れると、卵のおかげでご飯がくっつかずパラパラになる、と知りました。
日本の食材を扱う店で、お茶漬けのもと、チャーハンのもと、餅も買って食べました。やっぱり米なんだよなあとしみじみ感じましたね。
と同時に、8カ月間自炊をしたことで、おふくろを手伝った時のことを懐かしく思い出したのです。
にしおか・とくま 1946年、神奈川県生まれ。70年に文学座に入り、多くの舞台に出演。退座後、つかこうへい氏演出の舞台「幕末純情伝」(89年)で坂本龍馬を演じ、新境地を開く。91年、ドラマ「東京ラブストーリー」での主人公の不倫相手役で一躍脚光を浴びた。日本とチリの修好120周年記念事業として製作された映画「GREEN GRASS~生まれかわる命~」(公開中)で、準主役を演じる。