同市の西に位置するセルヒイ・イアコベンコさん(43)の2000ヘクタールの農場を訪ねた。ロシア軍に占拠されたのは、侵攻開始2日後。1カ月余り続いた占領で、農場は徹底的に破壊された。
「ロシア人たちは、自分たちが解放者として迎えられると勘違いしていた。住民から占領者と見られていることを知ると、彼らは怒り始め、手当たり次第に壊し始めた」
トラクターとトラックがそれぞれ15台、コンバインは7台あったが、農機の多くが破壊されたり、部品を取られたりした。400トンの農薬、肥料を保管していた倉庫も焼失した。30人いた職員の中で、5人が密かにロシア軍の位置をウクライナ軍に伝えるなど地下抵抗活動に関わったという。
「彼らの正確な情報に基づいてロシア軍は大きな打撃を受けたが、4人はロシア軍に捕らえられ、村の真ん中で射殺された。体には拷問を受けた痕が残っていた」とイアコベンコさんは話す。
農場のある集落には900人が住んでいた。ロシア軍の占領や爆撃などを受け、今は200人ほどに激減。医院や助産所がなくなり集落は生活機能が大幅に低下した。
地域の農業再生にとって最大の足かせとなっているのが地雷だ。
「ロシア軍の撤退後にウクライナ軍が素早く地雷の撤去に取り組んでくれたが、私の農場で500ヘクタールが手つかずのまま残っている」
実際に農地に向かうと、「地雷注意」と書かれた警告板があちこちに掲げられていた。ウクライナの農地は世界で最も豊かな黒土であることが誇りだ。古くから生活を支えてきた農地が、侵略者の手によって汚染されてしまった。耕すことができないから雑草が生い茂っていた。地雷処理が遅れれば問題が長引く恐れがあることを強く感じた。
イアコベンコさんたちは、限られた肥料のやりくりに追われながら今年の夏作物の作業を進める。大量の施肥が必要なトウモロコシを減らし、ヒマワリなどを増やした。農機も限られているため、種まきは24時間態勢で乗り切った。資材業者が200ヘクタール分の作物の種子を無償でくれた。工夫と支援で農場再生は動き出している。
気がかりは穀類の売り先だ。ロシアは17日、国連やトルコの仲介で1年前に結んだウクライナ産穀類の黒海輸送を定めた協定延長を拒否した。海上輸送が難しくなれば、販路を失う穀類がウクライナ国内に積み上がってしまう恐れがある。
「倉庫がロシア軍に破壊され、私たちは穀類を貯蔵することができない。昨年は収穫してすぐに黒海に面したオデーサ港に運べたが、協定が失効したら売り先を見つけるのは難しいだろう」
イアコベンコさんの心配は尽きない。だが、農業再生を諦めれば農地はさらに荒れる。畑に種をまくのは豊かな農地を取り戻すための第一歩なのだ。