農家が情報集めやファンづくりなどで利用する交流サイト(SNS)。新型コロナウイルス禍の行動制限などを背景に、仲間を募るツールとしても注目し、面識のない人とイベントを企画する農家も出てきた。SNSで出会った仲間と、直売イベントや商品開発に挑戦した農家に“裏側”を聞いた。
当日初めて対面
今秋、東京・大手町で開かれた直売イベント。福島から鳥取まで7県から来た8人の梨農家が企画した。もともとはインスタグラム(インスタ)上で情報交換や互いを奮起し合っていた“ネット友達”だ。
仕掛け人は鳥取市の渡部寛之さん(55)。「梨農家だけを集めて何か面白いことをしたい」と考えた。渡部さんはまず、インスタで普段からお互いの投稿に「いいね」のやりとりがあった奈良県大淀町の梨子本亘希さん(38)にメッセージを送り、会いに行った。
初対面だったが、農業感や理念にすぐに意気投合。東京での直売イベント開催に向けて2人は盛り上がった。その後、インスタ上の交流があり、気が合いそうだと思った農家に「こんな構想があるけど一緒にやらないか」と個別メッセージを送信。8人が集まった。
定期的にLINEのビデオ通話で相談を重ね、準備した。価格や販売個数、等級など、イベントの詳細もビデオ通話で決めた。
迎えた当日。400玉を3時間で売り切った。メンバーの大半が初対面だったが、SNSで何度もやりとりしていたことから、何の問題もなかった。参加した農家は「ずっと(インスタで見ていた)この人たちに会いたいと思っていた」と口をそろえる。
「産地が違うからこそ、直接客を取り合うことが少なく、ライバル意識や変な壁をつくらずに腹を割って話せた」と梨子本さん。イベントはもうけ以上の充実感をもたらした。第2回の開催に向けて準備を進めている。
試飲会も遠隔で
SNSで知り合った仲間たちと茶の商品化を実現したケースもある。滋賀県甲賀市の農家・北田麗子さん(37)は、仕事仲間や取引先などから情報を集め、インスタの個別メッセージで「女性だけの力で一緒に茶を商品化する仲間を探している」と依頼。茶商やデザイナー、民宿経営者といった異業種5人を集めた。ビデオ通話で試飲と改良を重ね、1年かけて5月に商品にした。
メンバーの中には、いまだに対面を果たせていない人もいる。それでも5人は、茶産業の発展を願い思いを共有できる、かけがえのない仲間となった。
文書化小まめに
SNSで出会った仲間と、SNSだけで交流を終わらせず、顔が見える「ビデオ通話」で対話を重ね、イベントなどを企画する──。そんな取り組みをする農家たちが目立ってきた。SNSエキスパート協会の後藤真理恵代表は「チャットやメッセージだけで相手の素性を判断するのは難しく、ビジネスやイベントに発展させる場合は注意が必要」と指摘。①ビデオ通話②対面で会う③相手を客観的に評価できる共通の知人など第三者を通す――ことを勧める。
実際、梨農家グループでも対話を重ねるうちにメンバーの入れ替わりもあった。SNS上で農家とけんかになった失敗経験を持つメンバーもいる。後藤代表は「相手がどんな言葉、どんな表情で話すのかが分かれば、気が合うかの判断材料になる」と指摘する。
SNSだけで知り合う相手とのビジネスの話し合いには、口約束によるトラブルもつきもの。食産業の実情に詳しい桐谷曜子弁護士は「チャットだけで合意できていると思い込まないことが大事」と強調する。
チャット上での議論の内容は小まめに文章にまとめ、LINEのノート機能などでピン止めしておくことが重要。特にビデオ通話は記録が残らないため、議事録を残すとトラブル回避になるという。
<取材後記>
エリアの制限なく広域で交流を持てるのがSNSの利点の一つ。これまでに知り得なかった他産地の踏み込んだ情報や、触れる機会のなかった発想など、視野も広がる。
静岡の茶商は、SNSで商品化の話を持ちかけられたことで初めて火入れ加工に挑戦したそうだ。まだ顔も見たことがないSNS上の“誰か”が背中を押すことで、食農業界を担う人材を掘り起こす可能性があることに気付かされた。
(島津爽穂)