熊による被害が各地で相次ぎ、農家を含む地域住民の身の安全や財産を脅かしている。熊の暴威に直面した現場の肉声から、被害続出の背景を探った。
「こらー、こらー」。大声を出し、先のとがった枝を何度突き出しても執拗(しつよう)に飛びかかってくる。20秒ほどのもみ合いの間、牙や前足の爪が腕や足に食い込んだ。
熊の体長は80センチ程度。素早く動き攻撃を止めない。「もう駄目かもしれない」。そんな思いがよぎった瞬間、熊の方から山奥に逃げ出していった。
岩手県岩泉町でキノコ採取やペット用品販売などを営む佐藤誠志さん(57)は9月、山中で熊に遭遇した。山に入り続けて25年ほど。熊を見かけたことはあるが「襲ってきたのは初めて」と戸惑いを隠せない。
熊が去った後、自身の体を見回すとズボンに穴が開き、皮膚が裂けていた。腕にも引っかき傷が残り、血が流れ出ていた。
襲われた場所は、盛岡市と同町にまたがる山中。急な斜面が広がり、近くに沢が流れる。キノコ採りなどで度々訪れていた。山に入る際、熊よけとして犬を連れて蚊取り線香をたいて気配を残してきた。「よもや熊が出るとは思わなかった」と打ち明ける。
山の景色やキノコ採りを自身の視点でインターネット配信しようと、頭部にカメラを付け、動画を撮影しながら山に入っていた。熊とのもみ合いも、動画の中に残っていた。
草やぶから音が聞こえた後、10メートルほど先で子熊が木に登る様子が見えた。「子熊が木に登るのは、親熊が襲ってくる合図」。かつて聞いた俗説通り次の瞬間、熊が襲ってきた。
「最近は山の変化を感じる」と佐藤さん。熊だけでなく鹿やイノシシを見かけることも増えているという。「動物間でも食べ物が取り合いになり、普段出現しない場所にも来るようになっているのかもしれない」とみる。
山林が広がる町内で熊の目撃例は珍しくない。それでも今年は被害につながるケースも多く、人身被害は3件、飼料用トウモロコシや果樹などの食害も89件発生している。いずれも過去最多だ。
町は「今後、集落で農作物などの味を覚えた熊が再び集落に近づく恐れがある」(農林水産課)と懸念。パトロールに加え、熊の出没情報を防災端末で提供するなど、農家を含む地域住民の安全確保に奔走している。