高設栽培の棚を組み立てる予定だったイチゴハウス2棟(約800平方メートル)を1月1日夜から自主避難所として開放。農家で地域を離れたくない人や仮設住宅に申し込み、返答待ちをしている人など、13人が今も避難生活を送る。
皆口さんは「生活や揺れが不安で、ここにいることを望む人がいる限りは避難所として開放を続ける。営農再開は今の避難生活が解消してから」と話す。自身の自宅は一部損壊した。「住めなくはない」が、余震が怖いため、ハウス近くにある観光農園の受け付け小屋で家族と暮らしている。
避難者が安心して過ごせる環境づくりを重視。自作で水洗い場を設けた。地震でハウス近くに新たな水源が出現していることを発見。高設栽培で使う予定だった蛇口と複数のビニールパイプを接ぎ合わせ、ハウス近くに作った水洗い場に、水を引き寄せている。
テントとブルーシートを使って、ハウス近くに風呂スペースも設置した。長野県から訪れたボランティアから借りたバスタブに、まきを燃やして熱を送る装置を接続。引いた水を入れてお湯を沸かす。まきには近隣から出た廃材を活用する。
ハウスはカーテンを二重にしてあり、真冬でも「日が照ると暑いくらいに暖かくなる」という。その上で、発電機を使ってハウス内にファンヒーターも備え、寒さ対策も万全にした。(浦木望帆)